「飛行機」という訳語 森鴎外『小倉日記』で初出 松本清張『或る小倉日記伝』

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1901年にその著書の中で
「飛行機」という日本語を
初めて使用した作家は?
福沢諭吉
夏目漱石
坪内逍遥
森鴎外(答)

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1953年に芥川賞を受賞した
松本清張の小説の題名は
『或る「◯◯◯◯」伝』?
小倉日記
『或る小倉日記伝』

 ライト兄弟が飛行機の初飛行に成功したのは、今からちょうど100年前。だが、「飛行機」という訳語は、それより2年早い1901年に文豪・森鴎外が「小倉日記」に記しており、知られている中で最古の使用例であることが航空史家の調査でわかった。鴎外が「飛行機」の名付け親ではないかという。軍医になってドイツに留学した鴎外は、飛行機の開発にも関心を強め、国産機開発の動きにかかわったこともあった。
引用元: asahi.com : ニュース特集.

 明治の文豪・森鴎外、北九州出身の芥川賞作家・松本清張。小倉を題材にした作品も多数残している二人の作家について、観光名所も交えながら紹介していきます。
> 森鴎外は、明治時代に活躍した作家です。軍医でもあった鴎外は、1899(明治32)年、小倉の陸軍第12師団の軍医として小倉に赴任してきました。小倉に在住した間、鴎外は洋書の翻訳や通称「小倉日記」と呼ばれる日記をつけていました。
 「小倉日記」の中には、小倉にいた時の鴎外の様子や、当時の小倉の人々の生活の様子が詳しく書かれています。また「独身」、「鶏」などの作品は鴎外の小倉時代がモデルになっています
引用元: 森鴎外・松本清張 – 北九州市.

『或る「小倉日記」伝』(あるこくらにっきでん)は、松本清張の短編小説。『三田文学』1952年9月号に発表、翌年に第28回芥川賞を受賞した。
福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)在住であった松本清張が、地元を舞台に、森鷗外が軍医として小倉に赴任していた3年間の日記「小倉日記」の行方を探すことに生涯を捧げた人物を主人公として描いた短編小説である。
それまで朝日新聞西部本社に勤務しながら執筆活動を行っていた清張が、上京後小説家に専念するきっかけとなった作品。
引用元: 或る「小倉日記」伝 – Wikipedia.