「本山白雲」 桂浜「坂本龍馬像」制作 土佐のミケランジェロ

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高村光雲に師事した彫刻家で
高知県高知市の桂浜にある
坂本龍馬の像を制作したこと
で有名なのは誰?
中村本白天
雲朝田青山
→本山白雲

本山 白雲(もとやま はくうん、明治4年9月1日(1871年10月14日) – 昭和27年(1952年)2月18日)は、日本の銅像作家。高知市桂浜の坂本龍馬の銅像の作者。本名は本山辰吉、「白雲」は雅号。彫塑が巧みで土佐のミケランジェロと呼ばれた。
>明治27年(1894年)、東京美術学校を卒業の時に前代未聞の実技100点の成績を修める。その才能を惜しまれ、そのまま同校の講師として奉職する。この頃、高村光雲から「雲」の一字を貰い白雲と号した。
>白雲によって悲運であったのは当時「其精巧なる技術は驚く可きものあり。今や斯界の大家にして当代稀に見る芸術家たり」と呼ばれたにも関わらず、その後の大東亜戦争時に殆どの銅像が金属供出せられ、現物が僅かしか残っていないことである。高知の桂浜で、悠然と太平洋の彼方を望んで立つ坂本龍馬の巨大(総高約15m)な銅像は、本山白雲の貴重な代表作である。
引用元: 本山白雲 – Wikipedia.

桂浜の巌頭に悠然と太平洋の彼方を望んで立つ坂本龍馬の巨大な銅像は、宿毛の生んだ偉大な彫塑家本山白雲の作である。

このほか中岡慎太郎、山内一豊、板垣退助など明治、大正に建てられた銅像の多くは彼の作で県内だけでも十指に余り、更に東京、大阪など全国に建っているのを合すると、その数は数十にも及ぶのである。

「あまりたくさん作ったので”銅像屋”などというかげ口もきかれたが、何といっても第一人者だった。維新の元勲の銅像で、彼の手にかからなかったものは、ほとんどあるまい。」白雲の助手として、龍馬の像の製作なども手伝った島村治文氏はこう語っている。
引用元: 宿毛歴史館/宿毛人物史/本山 白雲.