鎌倉幕府「摂家将軍」藤原頼経・藤原頼嗣 「宮将軍」宗尊親王・惟康親王・久明親王・守邦親王

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鎌倉幕府の第4代将軍は
藤原頼経ですが

彼と共に「摂家将軍」と呼ばれる
鎌倉幕府の第5代将軍は
藤原◯◯?
◯の名前をひらがなで答えなさい
よりつぐ
藤原頼嗣


1219年に源実朝が暗殺された後鎌倉幕府の第4代将軍となった人物は九条○○?
よりつね
九条頼経

摂家将軍(せっけしょうぐん)は、鎌倉幕府将軍のうち、摂家から迎えられた将軍のこと。源氏将軍が絶えた後を継いだ第4代・藤原頼経と、その嫡男の第5代・藤原頼嗣の2人がこれにあたる。藤原将軍あるいは公卿将軍とも呼ばれる。
>こうして、未だ物心もつかぬ幼児であった頼経が将軍として推戴され、第2代将軍頼家の娘である源鞠子をその室とした。摂家から迎えられた将軍は、3代の源氏将軍と区別して、摂家将軍と呼ばれる。
引用元: 摂家将軍 – Wikipedia.

宮将軍(みやしょうぐん)は、鎌倉時代に征夷大将軍に任じられた4人の親王をまとめて指す用語。皇族将軍・親王将軍とも称される。血筋の近い皇族から選ばれたため、鎌倉宮家(かまくらのみやけ)と記される場合もある。
就任順に宗尊親王、惟康親王、久明親王、守邦親王の4人を指す。
>その後、頼経の子頼嗣が将軍職を継承するが、成長すると独自の政権運営を指向し、父と共に執権に反抗的な態度を取ったために追放される。1252年に北条時頼らの奏請により、後嵯峨天皇の第1庶皇子である宗尊親王が将軍として鎌倉に迎え入れられることとなる。
引用元: 宮将軍 – Wikipedia.