徳川重好 御三卿「清水家」初代当主 清水重好

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徳川家重の次男
最後まで子どもができず
兄は第10代将軍・徳川家治
御三卿・清水家初代当主
徳川重好(答)
徳川頼房
徳川義直
徳川宗伊

>宝暦3(1753)年賄料3万俵を給せられ,同8年江戸城清水門内の屋敷を与えられ,翌9年元服して宮内卿と称し,次いで清水屋形に移り清水家と呼ばれるようになった。叔父の徳川宗武(田安家),同宗尹(一橋家)の興した家とあわせ御三卿と呼ばれた。家臣はいずれも幕臣からつけられ,宝暦12年10万石の領地を与えられた。重好の死後子がなく,領地,家臣ともに幕府に引き上げられたが,その後清水家は再興と断絶を繰り返す。
引用元: 徳川重好 とは – コトバンク

>御三卿(ごさんきょう)は、江戸時代中期に徳川氏の一族から分立した大名家である。以下の三家を指す。
田安徳川家(田安家) – 始祖は徳川宗武(第8代将軍徳川吉宗の次男)
一橋徳川家(一橋家) – 始祖は徳川宗尹(第8代将軍徳川吉宗の四男)
清水徳川家(清水家) – 始祖は徳川重好(第9代将軍徳川家重の次男)
徳川将軍家に後嗣がない際に将軍の後継者を提供する役割を担った。また、徳川御三家へ後継者を供給することにもなった。
引用元: 御三卿 – Wikipedia

柳生新陰流の遣い手
『類聚日本紀』
「孔子堂」を建立
尾張徳川家の祖
→徳川義直