【将軍とは別人】大覚寺義昭(ぎしょう)

室町幕府第3代将軍・足利義満
の子・義昭が自害したお寺
永徳寺がある宮崎県の都市は?
串間市(答)
延岡市
西都市
日南市
24%

串間市(くしまし)は、宮崎県の最南端に位置する市である。
大覚寺義昭事件
室町幕府3代将軍足利義満の子・義昭(ぎしょう)が現在の串間市北方にある永徳寺にて自刃した事件。室町最後の将軍である足利義昭とは別人であり、区別するために「大覚寺義昭」とも呼ばれる。室町6代将軍足利義教とは兄弟関係であるが、義昭は義教に謀反の疑いをかけられ京から逃れた。各地を転々とした後、日向国櫛間(今の串間)を治める野辺氏を頼って永徳寺に身を潜めるも居場所を突き止められ、嘉吉元年(1441年)3月13日義昭は永徳寺にて自刃した。永徳寺の敷地内には義昭の墓といわれる五輪塔が建てられている。
引用元:串間市 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B2%E9%96%93%E5%B8%82

義昭(ぎしょう、応永11年(1404年) – 嘉吉元年旧3月13日(1441年4月4日))は、室町時代の僧。室町幕府第3代将軍・足利義満の子息で第6代将軍足利義教の異母弟。大覚寺門跡となり、官職は大僧正に昇りたびたび東寺長者を務めた。
引用元:義昭 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E6%98%AD