【醍醐天皇】延喜【後三条天皇】延久

主な荘園整理令が出された
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延喜
延久
承保
康和
保元
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荘園整理令(しょうえんせいりれい)は、平安時代に発布された一連の法令のこと

特に有名なものは、1069年(治暦5年 = 延久元年)に後三条天皇が全国の荘園を一斉整理する目的で発令した延久の荘園整理令であるが、実はこれを遡ること150年前の醍醐天皇の時代から天皇の代替わりごとに度々発令されている。

また、古くは「荘園を禁止する法令」とする認識がされる場合もあったが、実際には違法な手続によって立荘された荘園を整理・停止することを意図した法令であり、正規な手続によって成立した荘園については公認する性格を有していた[1][2]。

歴史上の荘園整理令
延喜の荘園整理令 902年(延喜2)醍醐天皇 この整理令以後の荘園を「格後の荘園」と呼び、整理の対象にした。
永観の荘園整理令 985年(永観2)花山天皇 延喜整理令以後のものを整理
長久の荘園整理令 1040年(長久元)後朱雀天皇
寛徳の荘園整理令 1045年(寛徳2)後冷泉天皇 前任の国司の在任中に立てた荘園だけ停止。
天喜の荘園整理令 1055年(天喜3)後冷泉天皇
延久の荘園整理令 1069年(延久元)後三条天皇
承保の荘園整理令 1075年(承保2)白河天皇
寛治の荘園整理令 1093年(寛治7)白河天皇
康和の荘園整理令 1099年(承徳3)堀河天皇 新立の荘園の停止(同年、康和と改元)。
天永の荘園整理令 1111年(天永2)鳥羽天皇
保元の荘園整理令 1156年(保元元)後白河天皇 荘園で使役できる農民の数を制限、「保元新制」。
引用元:荘園整理令 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%98%E5%9C%92%E6%95%B4%E7%90%86%E4%BB%A4

平安時代,荘園の増大を抑止するために出された一連の法令。整理令には,全国を対象としたものと,国単位に出されたものとがある。全国を対象とした整理令としては,延喜2 (902) ,永観2 (984) ,永延1 (987) ,長久1 (1040) ,寛徳2 (45) ,天喜2 (54) ,延久1 (69) ,承保2 (75) ,承暦2 (78) ,康和1 (99) ,大治2 (1127) ,保元1 (56) 年などの荘園整理令があげられる。延喜2年3月に出された9通の官符のうち4通が「院宮王臣家の庄」を停止することを目的としたもので,この部分が延喜荘園整理令と称され,整理令の最初のものである。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
引用元:荘園整理令とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%8D%98%E5%9C%92%E6%95%B4%E7%90%86%E4%BB%A4-78849