【「重力」「地動説」「鎖国」など造語】

江戸時代の蘭学者・志筑忠雄が
ニュートンの学説を紹介した
著書は?
天文雲解象
新星書体暦
暦象新書(答)
26%

江戸時代の後期に
『日本誌』の翻訳の中で
「鎖国」という言葉を
初めて使った蘭学者は誰?
志筑忠雄
しづきただお

「北半球では風を背に立ったとき
左手前方に低気圧の中心がある」
ことをオランダの学者の名から
◯◯◯◯◯◯◯◯の法則という?
スト・ロイッボバ
ボイス・バロット(答)
34%

引用元:Buys Ballot 伊藤慎蔵訳『颶風新話』 | 【QMA復習】 https://seethefun.net/%e7%90%86%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/49705/

暦象新書
れきしょうしんしょ
江戸時代の物理・天文学書。蘭学(らんがく)者志筑忠雄(しづきただお)が、イギリス人ジョン・ケール(1671―1721)のニュートンの力学を解説した物理学書の蘭訳書を、自らの意見を加えて抄訳した書物で、上中下三編からなる。上編は1798年(寛政10)6月、中編は1800年(寛政12)10月、下編は1802年(享和2)10月に完成した。上編で志筑は天体の運行について述べているが、地動説を日本に紹介した初期の文献の一つで、本木良永(もときよしなが)が『太陽窮理了解説』で地動説を紹介してから7年後のことである。中編はニュートン力学の解説で万有引力にも及んでいる。下編は主として楕円(だえん)曲線について述べている。各編には附録があり、志筑の見解が述べられているが、とくに下編の最後に付せられている「混沌(こんとん)分判図説」は志筑の独創的見解を述べたもので、カント‐ラプラスの星雲説に比せられるものとして彼の名を高めたものである。[渡辺敏夫]
引用元:暦象新書(れきしょうしんしょ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%9A%A6%E8%B1%A1%E6%96%B0%E6%9B%B8-151525

「暦象新書」は長崎通詞であった志筑忠雄(1760-1806年)が、英ジョン・ケイル(1671-1721年)の“Introductiones Ad Veram Physicam Et Veram Astronomiam”のオランダ語版を翻訳し、自説を加えた書です。コペルニクスの地動説、ニュートン力学、ケプラーの法則や、真空などの概念について述べられています。

地動説は、長崎通詞であった本木良永が“Tweevoudige Onderwys Van De Hemelsche En Aerdsche Globen”を訳した「天地二球用法」(1774年)でも紹介されています。しかし本木の理解が観念的なものに留まっているのに対し、その弟子の志筑はニュートン力学を理解したうえで地動説を論じています。「地動説」という訳語を造ったのも、志筑です。江戸後期では、地動説は仏教界からの反発もあったものの、日本に広まっていきます。日本の天文暦学者は暦の正確さが重要であり、太陽が中心か、地球が中心かは大きな問題ではなかったようです。「地動説」の他に志筑が創作した「重力」、「求心力」、「遠心力」の言葉は現在でも使われています。なお、「鎖国」もその一つです。

「暦象新書」でもたらされた力学、天体力学等を受け継いでさらに発展させるほどの人物はしばらく現れませんでした。天文方の渋川景佑(1787-1856年)も最初は捉えることができなかったようですが、後に理解することができたようで、「新法暦書続録」の「寰宇総論(かんうそうろん)」で力学、天体力学、粒子等について論じています。
引用元:暦象新書 | 国立天文台(NAOJ) https://www.nao.ac.jp/gallery/weekly/2016/20161129-rekisyo.html