人生は地獄よりも地獄的である。『侏儒の言葉』

芥川龍之介の小説で「将来に
対する唯ぼんやりした不安」
という一節があるのは
『或る旧友へ送る手記』ですが

「人生は一行のボオドレエル
にも若かない」という一節が
登場するのは?
『文芸的な、余りに文芸的な』
『或る旧友へ送る手記』
『侏儒の言葉』
『或る阿呆の一生』(答)
38%

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作家の言葉
小説『或る旧友へ送る手記』
芥川龍之介
自殺の際の遺書
「生れて、すみません」
「ぼんやりとした不安」(答)
「則天去私」
「人生は人箱のマッチ箱に似ている」

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作家の言葉
ヴェルレーヌの詩集にある一節
太宰治が引用
格闘家・前田日明がさらに引用
「生まれ出ずる悩み」 有島武郎の小説の題名
「ぼんやりとした不安」 芥川龍之介「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」
「選ばれし者の恍惚と不安」(答)
「生きよ、堕ちよ」 坂口安吾「堕落論」の一節

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フランソワーズ・サガンの小説
『悲しみよこんにちは』の題名の
元になった詩『直接の生命』の
作者である詩人は?
ポール・エリュアール(答)
シャルル・ボードレール 『悪の華』
アンドレ・ブルトン 『シュルレアリスム宣言』
アルチュール・ランボー
引用元:「ぼんやりとした不安」芥川龍之介 ポール・エリュアールの詩 サガン『悲しみよこんにちは』の題元 | 【QMA復習】 https://seethefun.net/%e6%96%87%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/25563/

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詩集『惡の華』で有名な
19世紀フランスの詩人は
シャルル・◯◯◯◯◯◯?
◯を答えなさい
ボードレール(答)
「シャルル・ボードレール」

キューブ
著書に『第二の性』がある
哲学者サルトルの妻は?
ボーボワール(答)
引用元:『惡の華』ボードレール『第二の性』ボーボワール | 【QMA復習】 https://seethefun.net/%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%95%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%ab/29837/

 誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を伝へたいと思つてゐる。尤もつとも僕の自殺する動機は特に君に伝へずとも善いい。レニエは彼の短篇の中に或自殺者を描いてゐる。この短篇の主人公は何の為に自殺するかを彼自身も知つてゐない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。君は或は僕の言葉を信用することは出来ないであらう。しかし十年間の僕の経験は僕に近い人々の僕に近い境遇にゐない限り、僕の言葉は風の中の歌のやうに消えることを教へてゐる。従つて僕は君を咎とがめない。……
 僕はこの二年ばかりの間は死ぬことばかり考へつづけた。僕のしみじみした心もちになつてマインレンデルを読んだのもこの間である。マインレンデルは抽象的な言葉に巧みに死に向ふ道程を描いてゐるのに違ひない。が、僕はもつと具体的に同じことを描きたいと思つてゐる。家族たちに対する同情などはかう云ふ欲望の前には何でもない。これも亦君には、Inhuman の言葉を与へずには措おかないであらう。けれども若もし非人間的とすれば、僕は一面には非人間的である。
 僕は何ごとも正直に書かなければならぬ義務を持つてゐる。(僕は僕の将来に対するぼんやりした不安も解剖した。それは僕の「阿呆の一生」の中に大体は尽してゐるつもりである。唯僕に対する社会的条件、――僕の上に影を投げた封建時代のことだけは故意にその中にも書かなかつた。なぜ又故意に書かなかつたと言へば、我々人間は今日でも多少は封建時代の影の中にゐるからである。
引用元:芥川龍之介 或旧友へ送る手記 https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/20_14619.html

 僕はこの原稿を発表する可否は勿論、発表する時や機関も君に一任したいと思つてゐる。
 君はこの原稿の中に出て来る大抵の人物を知つてゐるだらう。しかし僕は発表するとしても、インデキスをつけずに貰ひたいと思つてゐる。
 僕は今最も不幸な幸福の中に暮らしてゐる。しかし不思議にも後悔してゐない。唯僕の如き悪夫、悪子、悪親を持つたものたちを如何いかにも気の毒に感じてゐる。ではさやうなら。僕はこの原稿の中では少くとも意識的には自己弁護をしなかつたつもりだ。
 最後に僕のこの原稿を特に君に托するのは君の恐らくは誰よりも僕を知つてゐると思ふからだ。(都会人と云ふ僕の皮を剥はぎさへすれば)どうかこの原稿の中に僕の阿呆さ加減を笑つてくれ給へ。
   昭和二年六月二十日
芥川龍之介
     久米正雄君

     一 時代

 それは或本屋の二階だつた。二十歳の彼は書棚にかけた西洋風の梯子はしごに登り、新らしい本を探してゐた。モオパスサン、ボオドレエル、ストリントベリイ、イブセン、シヨウ、トルストイ、……
 そのうちに日の暮は迫り出した。しかし彼は熱心に本の背文字を読みつづけた。そこに並んでゐるのは本といふよりも寧むしろ世紀末それ自身だつた。ニイチエ、ヴエルレエン、ゴンクウル兄弟、ダスタエフスキイ、ハウプトマン、フロオベエル、……
 彼は薄暗がりと戦ひながら、彼等の名前を数へて行つた。が、本はおのづからもの憂い影の中に沈みはじめた。彼はとうとう根気も尽き、西洋風の梯子を下りようとした。すると傘のない電燈が一つ、丁度彼の頭の上に突然ぽかりと火をともした。彼は梯子の上に佇たたずんだまま、本の間に動いてゐる店員や客を見下みおろした。彼等は妙に小さかつた。のみならず如何にも見すぼらしかつた。
「人生は一行いちぎやうのボオドレエルにも若しかない。」
 彼は暫しばらく梯子の上からかう云ふ彼等を見渡してゐた。……
引用元:芥川龍之介 或阿呆の一生 https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/19_14618.html

…で、この一文で何を言わんとしているか。

いわば、芥川作品のひとつのテーマである「芸術至上主義」を端的に表現した言い方ですが、とはいうものの、「一行のボオドレエル」といえども、それだってボードレールという「ひとりの人の人生」が始めにあって、その人生の結晶として生まれたものであるはずなのですが…(もっとも、「人生は短く、芸術は長し」っていう格言もあり、個々人の人生は有限だけれども、芸術の精華は時を超えて生き続けるという意味では一理あるかもしれません)
いわゆる「芸術至上主義」ってのは、人生(=生活上の倫理道徳)と芸術(=美の表現)の間の衝突ってのが中心的なテーマになっていて、極論すれば美の表現のためならば倫理道徳なんてのは乗越えられるべきものなんだという価値観といっていいでしょう。芥川作品ではその代表的な作品として「地獄変」ってのが特に有名ですが、しかし、その反面で美の表現の追求を道徳観よりも優先するときには、自分ももう生きていけないほどの犠牲を払うことになるという内容の物語でしたね。
引用元:芥川龍之介の「人生は一行のボオドレエルにも若かない」とはどういう意… – Yahoo!知恵袋 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1028417315

芥川龍之介
東京生まれの日本の小説家(1892年3月1日 – 1927年7月24日)。 『今昔物語集』に材を取った短編小説、長編小説『河童』、アフォリズム『侏儒の言葉』などがある。

人生は地獄よりも地獄的である。

人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わねば危険である。

あらゆる神の属性中、最も神のために同情するのは神には自殺の出来ないことである。

自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない。

他人を弁護するよりも自己を弁護するのは困難である。疑うものは弁護士を見よ。

阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じている。(『河童』から)

人間的な、余りに人間的なものは大抵は確かに動物的である。

わたしは良心を持っていない。わたしの持っているのは神経ばかりである。

眠りは死よりも愉快である。少くとも容易には違いあるまい。

天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である。
『侏儒の言葉』より

武器それ自身は恐れるに足りない。恐れるのは武人の技倆である。正義それ自身も恐れるに足りない。恐れるのは扇動家の雄弁である。
『侏儒の言葉』より

輿論は常に私刑であり、私刑は又、常に娯楽である。たとひピストルを用ふる代りに新聞の記事を用ひたとしても。
『侏儒の言葉』より

人生は一行のボオドレエルにも若かない。
『或阿呆の一生』より

恋愛はただ性欲の詩的表現をうけたものである。
引用元:芥川龍之介 – Wikiquote https://ja.wikiquote.org/wiki/%E8%8A%A5%E5%B7%9D%E9%BE%8D%E4%B9%8B%E4%BB%8B

芥川龍之介の名言・格言
阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じている。

芥川龍之介 名言一覧 | Wiki
人間的な、余りに人間的なものは大抵は確かに動物的である。

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天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である。

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人生は一行のボオドレエルにも若かない。

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わたしは良心を持っていない。わたしの持っているのは神経ばかりである。

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眠りは死よりも愉快である。少くとも容易には違いあるまい。

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自由は山嶺の空気に似ている。どちらも弱い者にはたえることはできない。

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私は不幸にも知っている。 時には嘘による外は語られぬ真実もあることを。

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他人を弁護するよりも自己を弁護するのは困難である。疑うものは弁護士を見よ。

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どうせ生きているからには、苦しいのは当たり前だと思え。

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天才の悲劇は“小ぢんまりした、居心地のよい名声”を与へられることである。

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人生は落丁の多い書物に似ている。一部を成すとは称しがたい。しかし、とにかく一部を成している。

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世論はつねに私刑である。私刑はつねに娯楽である。

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われわれを恋愛から救うものは理性よりもむしろ多忙である。

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人生は地獄よりも地獄的である。

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人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わねば危険である。
引用元:芥川龍之介の名言・格言 – goo辞書 https://dictionary.goo.ne.jp/quote/3/