【apmoa】国内外の20世紀美術

アンリ・マティス『待つ』
ジム・ダイン『芝刈機』
デルヴォー『こだま』
クリムト『人生は戦いなり』
岐阜県美術館
静岡県立美術館
愛知県美術館(答)
豊田市美術館
39%

愛知県美術館(あいちけんびじゅつかん 英表記:Aichi Prefectural Museum of Art)は、愛知県名古屋市東区の愛知芸術文化センター8階、10階にある美術館である。

特徴[編集]
パブロ・ピカソ、アンリ・マティス、グスタフ・クリムトを始め、梅原龍三郎、安井曾太郎、横山大観、菱田春草など、国内外の20世紀美術を中心に収蔵する。また名古屋の著名な美術品コレクターであった木村定三から、浦上玉堂や与謝蕪村などの江戸絵画、小川芋銭や熊谷守一などの近代日本絵画、更には陶磁器、仏教彫刻、考古遺物など、重要文化財3件(6点)を含む約3000点を寄贈され、今や20世紀美術に留まらず、古今東西を網羅する総合美術館となっている。

西洋画[編集]
アンディ・ウォーホル – 「レディース・アンド・ジェントルメン」1975
ジャック・ヴィヨン – 「存在」1920
エドゥアール・ヴュイヤール – 「窓辺の女」1898
マックス・エルンスト – 「ポーランドの騎士」1954
ジョージア・オキーフ – 「抽象 第6番」1928
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー – 「グラスのある静物」1912
フランティセック・クプカ – 「灰色と金色の展開」1919
グスタフ・クリムト – 「人生は戦いなり(黄金の騎士)」1903
パウル・クレー – 「女の館」1921 「蛾の踊り」1923
ジム・ダイン – 「芝刈機」1962
アントニ・タピエス – 「コンポジション」1977
ジャン・デュビュッフェ – 「二人の脱走兵」1953
ラウル・デュフィ – 「サンタドレスの浜辺」1906
ポール・デルヴォー – 「こだま」1943
引用元:愛知県美術館 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8

2. ACCESSIBILITY 発信と共有
愛知県美術館のコレクションは、きわめて幅の広いジャンルと時代にまたがっています。そのコレクションにまつわる膨大な情報を、さまざまな媒体を通じて、ときに独自の視点を交えながら広く発信します。またそれにより、いつでもだれでもコレクションの情報にアクセスし、知識を共有することができる、より開かれた美術館を目指します。
引用元:リニューアルを終えて | apmoaについて | 愛知県美術館 https://www-art.aac.pref.aichi.jp/about/renewal.html

人生は戦いなり(黄金の騎士) じんせいはたたかいなり

大きく
絵画 油彩画 / ヨーロッパ
グスタフ クリムト (1862-1918年)
くりむとぐすたふ
1903年
画布,油彩 テンペラ 金箔
100.0 x 100.0cm
ウィーン近郊バウムガルテンに生れる。オーストリア工芸・産業博物館付属の工芸美術学校に学んだ。アカデミックで歴史主義的な作風で建築室内装飾に携わって売れっ子作家となり、1894年に文部省よりウィーン大学大講堂の天井装飾を委嘱された。1897年、オーストリア造形美術家連盟(ウィーン分離派)の結成に参加して初代会長に就いた。1903年にヨ-ゼフ・ホフマン、コロマン・モーザーらと共にウィーン工房を結成、大学天井画を巡る大論争に巻き込まれ、1905年に自ら契約を破棄するに至った。また、同年内部対立から分離派を脱退した。1908-09年、「クンストシャウ」展開催、1911年のローマ国際美術展で1等を受賞した。  クリムト回顧展として開催された大8回ウィーン分離派展の出品作。分離派の会長として芸術の刷新に立ち上がり、大学講堂の装飾壁画を巡るスキャンダルでは、無理解な世論の批判の矢面に立たされていたクリムトは、世紀転換期のウィーンの新しい芸術の旗手として、この作品の題名どおり闘っていた。ただ戦闘の舞台が地上ではなく、のち隠棲したクリムトが描き出す官能美の世界が繰り広げられる楽園に設定されていることは、クリムトの心境に重大な変化が起きつつあったことを示している。論争の渦中に萎えかけた自信を奮い立たせて表明された、クリムト最後の芸術姿勢のマニフェストといえる作品である。造形的には金などの工芸的要素が大胆に導入され、絵画・彫刻などの純粋美術と応用美術との境界の撤廃が試みられており、生活全般に芸術を取り入れようとしたウィーン工房に参加したクリムトの姿勢とも重なり合っている。
引用元:人生は戦いなり(黄金の騎士) 文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/42571

ジム・ダイン
作家名(よみ) じむだいん
作家名(英語) Jim DINE
生地 シンシナティ(アメリカ)
作家解説
 オハイオ州シンシナティに生まれる。1958年からニューヨークに出て、オルデンバーグらと作家活動を開始した。ダインは、当時最も盛んであったハプニングのパフォーマーとして出発したが、1960年代の前半からネクタイのような身近なものを題材にした絵画作品を発表し、また道具そのものを直接取り付ける手法を取り始め、ポップ・アーティストの一人として注目される作家となった。60年代後半一旦ロンドンに移り、70年代に帰国後は都会を離れ、都会的なポップ・アートとは距離を置く姿勢を示した。ダインは、他のポップ・アーティストと異なり、身体的な関心が高く、取り上げる題材がより個人的で主題に対しても強い感情を持っている。その結果、作品は表現主義的な傾向が一貫してみられる。  この作品はポップ・アートが世に認められるようになる転換点となった1962年のシドニー・ジャニス画廊での「ニュー・リアリスツ」展にウォーホルやリキテンスタインらの作品とともに出品されたものである。そうしたことからもダインはポップ・アートの作家として位置づけられることが多い。この作品では芝刈り機という戦後アメリカに大量生産された郊外住宅ならば、どの家庭にもある道具をモティーフにしている。芝刈り機そのものをデュシャンのレディメイドのように提示しながら、それだけに留まらず、その表面に緑色のペイントを施し、背景のキャンバスにも空の青と、飛び散る芝をイメージさせる緑とを抽象表現主義的な筆触で描いている。道具好きのこの作家らしい、時代を反映したポップ・アート的な解釈と表現がなされた作品である。(T.S.)
引用元:ジム・ダイン : 作家データ&作品一覧 | コレクション検索 | 愛知県美術館 http://jmapps.ne.jp/apmoa/sakka_det.html?list_count=10&person_id=1114

ポール・デルヴォー(Paul Delvaux、1897年9月23日 – 1994年7月20日)は、ベルギー・リエージュ州生まれの画家。

16世紀のマニエリスト達が描いたような女性像や、独自の夢とノスタルジーの世界を築く。作品の中では、無表情で大きな目を見開き、陰毛をあらわにした裸の女性たち、駅、電車、骸骨、拡大鏡で何かを観察している学者などが題材としてくり返し描かれ、背景には石畳の道や線路などが透視図法を用いて描かれることが多く、古代ギリシャの神殿のような建物の遺跡がよく用いられる。静寂さの中に幻想的な世界が広がるその作風によって、「幻想画家」という形容もなされる。

ポール・デルヴォー美術館
ベルギー北西部のリゾート地KoksijdeのSint-Idesbaldには彼の主要作品を多く所有するポール・デルヴォー美術館[1]がある。愛知県美術館には代表作「こだま」(1943年)が収蔵されている。
引用元:ポール・デルヴォー – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%BC