【モホス平原】LLanos de Moxos

立教大学の実松克義らの研究に
よって注目を集めている
アマゾン川流域にあった高度な
文明は、古代◯◯◯文明?
カイルス
モンホメ
モホス(答)
21%

実松克義 Sanematsu katsuyoshi
筆者がボリビア・アマゾンにおける古代文明の存在を初めて知ったのは2000年のことである。滞在先のラパスでボリビア国立考古学研究所(UNAR)のフレディ・アルセ博士より話を聞き、2年後の2002年、現地ベニ県の県都トリニダードを訪れた。目の当たりにした文明の痕跡は想像を超えて大きく、現在では誰からも忘れられたこの僻地に、かつて巨大な古代文明が存在していたことを知った。この文明は通常「古代モホス文明」と呼ばれる。アマゾンの大地に存在したこの知られざる文明は、文明の通念をくつがえすまったく異質な古代社会である。その魅力につられて筆者はこの文明についての文献調査を始めたが、それだけでは終わらなかった。その後さまざまな経緯があったが、国内外の多くの人々の協力を得て、筆者はボリビアと共同でこの古代文明を調査研究する学術プロジェクトを立ち上げることになった。

文明の概要
古代モホス文明とはどういうものか。

古代アマゾンにおいて、かつて巨大な規模の文明が存在した。場所はアマゾン川の上流にあたる、ボリビア北東部の低地、モホス大平原である。モホス大平原は25万平方キロもあり、日本の本州に匹敵する広大な氾濫源である。現在でも毎年定期的に氾濫を繰り返しているが、その全域に、太古の昔に存在した文明の痕跡が発見されている。20,000個に上る、盛り土による居住地跡(ロマ)、総延長5,000~100,000キロに及ぶ直線道路網(テラプレン)、さらにそれを上回る規模の水路・運河網、2,000個の巨大な人造湖、広大な農耕地跡、大規模な養魚場跡などである。
引用元:I-4.古代アマゾン文明(モホス・プロジェクト) – 実松克義 https://www2.rikkyo.ac.jp/web/maya/research/ancient-amazon.html

──先生のご著書『衝撃の古代アマゾン文明』を拝読して大変驚きました。

南米の文明といえばインカ、アステカ、マヤなどだと思っていましたが、世界最大の流域面積と熱帯雨林を持つことで知られているあのアマゾン川流域にも、それはそれは高度な巨大文明があったそうですね。

実松 そうなんです。これはまだ、日本ではほとんど知られていないことなんですが、アマゾン川全域に渡って、信じられないぐらい高度で古い文明の遺跡や痕跡が、いたるところで発見されています。中でも最大規模の遺跡がボリビアで確認されています。

ボリビアアマゾンといえば、アマゾンでも大分上流の方ですよね。

実松 はい。アンデス山脈の東側で、アマゾン川河口から約4千数百kmの所に「モホス大平原」と呼ばれている海抜200m程の低地があります。ジャングルではないこのアマゾン流域一帯に、巨大な遺跡群があるんです。その広さは25万km2にも及びます(上図参照)。

──25万km2というと、ちょうど本州ぐらいの広さですよね。そこには、どのような遺跡があるのですか?

実松 アマゾン川流域で遺跡が見付かっているところは皆そうなのですが、このモホス大平原は雨期になると冠水し、乾期になると平原になるという特殊な地域です。こういった所では、いかに水をコントロールするか、といったことが重要になります。そして、水をコントロールする高度な技術を、どうやら古代人は持っていたようなんです。

──具体的にはどのような方法ですか?

実松 雨期になると氾濫原になりますから、居住地や耕作地が冠水しないようにしていました。それは、盛り土をして居住地や高められた耕地を作ったりする土木技術です。人工的に高められた古代人の居住地跡は「ロマ」(スペイン語で「丘」の意味)と呼ばれています。

ロマはどれくらいの規模なんですか?

実松 大小さまざまなロマがありますが、大きいものだと直径が600−700mもあります。

──その数は?

実松 2万個近く見付かっています。

──それだけの数のロマとロマを、人々はどのように往来していたんですか? 雨期には島になってしまうと思うんですが…。

実松 ロマとロマを直線で結ぶ「テラプレン」と呼ばれる道路網が確認されています。このテラプレンは放射状に延びており、雨期には島のように散在しているロマ同士を結んでいるんですよ。

──インターネットの模式図のような格好ですね。

実松 そうですね。ちなみにテラプレンの脇は運河になっています。モホス大平原にあるテラプレンの総延長は5千km以上あるともいわれています。その他、人造湖も見付かっているんです。
引用元:ボリビア・アマゾンの古代文明 実松 克義 氏 https://www.athome-academy.jp/archive/history/0000000257_all.html

リャノス・デ・モホス (あるいは単にモホス、LLanos de Moxos、あるいはLLanos de Mojos MoxosあるいはMojosは複数形表現) とは、ボリビア共和国、アマゾン地域のベニ県にある、先スペイン期に構築された盛畑、土手道、水路、丘などからなる広大な畑地帯である。この壮大な景色は、昨今、全体としてひとつの景観考古学としてとらえていこうという研究も行われている(Erickson など)。

Llanos de Mojosのうち、80%はサバンナや牧草地帯で、93,000平方キロメートルあるという。残りの20%は、川やセルバ(森林)、湖などからなるという(Denevan 1966)。乾季と雨季の繰り返しによって、浸水したり土地が乾いたりし、表土は粘土質層及びシルト層からなる貧栄養土のサバンナ地帯が多くを占めるが、その下のより有機物の多い層を掘って盛り土するなどの耕地化、灌排水溝の整備により、過去には大規模な耕作が行われていたことが確認されている。この広大な田園地帯が構築された年代は、紀元前後ころからスペイン人による征服ころまでと言われている。多くの湖が水深2メートル・四角形で2つ1組になるように作られており、人工的に作られた魚の養殖池だとも言われている。近年の実験では、水深2メートルにすると太陽の光による水面の熱と池底の冷水が上手く循環でき、また池を2つにすることで、ホテイアオイを一面に浮かべた池(水温を下げ、プランクトンを増殖)と何も無い池(水温を高くし、魚の成長を促進)を水路で繋ぐ事により、安定的に魚の供給が出来ると言う。
引用元:モホス – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%9B%E3%82%B9

モホス平原の水域の抽出とその空間分布

2. 1 モホス平原
モホス平原はボリビアの広大な熱帯低地である。 ここには、 ベニ川、 マモレ川、 グアポレ川という3つの大きな河川が流れている。 ベニ川は平原の西側、 マモレ川は中央、 ブラジルとの国境のグアポレ川は東側を流れている。 モホス平原は巨大な氾濫原であり、 雨季になるとマモレ川を中心に多くの地域が氾濫する。
2. 2 モホス文明
モホス平原に栄えたとされるモホス文明は、 高度な土木技術・水利技術を持っていたとされる。 その起源は数千年前に遡り、 その痕跡と思われるロマ (人工の丘)、ロマ同士を繋ぐテラプレン (道路)、 運河跡、 耕作地跡、そして人造湖が多数存在している。 これらは平原全体からアマゾン熱帯雨林内部にまで分布している。 ロマは雨季の水害から古代人が身を守るために造られた人工的な
丘陵であり、 古代人はその上で生活していたと考えられている。 また、 発掘調査では、 土器に加え人骨も発見されていることから、 墓地としても使用されていたと考えられる。 テラプレンもまた雨季の水害に備え盛土されたものであり、 ロマ同士を繋ぐ道路として機能し、 テラプレンに併設された水路は交通網、 農業用水路として機能していたと推測されている。
2. 3 人造湖
人造湖はこの地域に2千箇所以上も存在するとされ、多くがほぼ北東-南西を向いており、 長方形や、 アヒルの足型と言われる形状のものである。 湖の中心部は広範囲に2m 前後の一定水深を示している。 この湖は自然の湖では考えられないほど、 水深が一定している。 また、湖岸から非常に滑らかに水深が変化している。 湖岸は堤防のようにわずかに盛り上がっていて、 湖の周囲を囲ん
でいる。 人造湖は治水、 乾季の水の確保、 魚介類の養殖に使用されていたと推測されている。
引用元:10.ren http://ris-geo.jp/pdf/publication/p019_ron03_miyasaka.pdf