懐奘『正法眼蔵随聞記』

鎌倉時代の僧侶で
『正法眼蔵』を著したのは?
親鸞

日蓮
道元(答)
法然
17%

曹洞宗で説かれる言葉で
悟りを得ることと仏道修行は
一体のものであるという教えは
何?
諸法実相

修証不二(答)
只管打坐
知妙一合
33%

引用元:【証】悟り | 【QMA復習】わかればいいのに https://seethefun.net/%e6%96%87%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/48806/



迷いや疑いがなくなって
真理を悟ること
豁然大悟
かつぜんたいご(答)
27%
引用元:かつぜんたいご「豁然大悟」 | 【QMA復習】わかればいいのに https://seethefun.net/%e6%96%87%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/37517/

正法眼蔵
しょうぼうげんぞう

道元の著。 95巻。道元が寛喜3 (1231) ~建長5 (53) 年に説いた事柄を集め,また一部,草案として残されたものを侍者の懐弉 (えじょう) が書き写したものが含まれている。坐禅の工夫に始る実践面はもちろん,道元みずからの思想を,仏教の他の諸宗派や禅宗系統と対比しながら述べ,独自の立場を明確に表わして,日本思想史上,重要な書となっている。特に和文の述作である点が注目される。なお漢文の『正法眼蔵』の一部が金沢文庫で発見された。中国,宋の大慧宗杲 (だいえそうごう) に同名の語録がある。同書は6巻。紹興 17 (1147) 年刊。
引用元:正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%AD%A3%E6%B3%95%E7%9C%BC%E8%94%B5-79833

「人はそのままで仏であるというなら、なぜ、わたしたちは仏になるために修行をしないといけないのか」──この答えを求めて宋に渡り、正師に出会うことで仏教の真理を悟った道元。『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』は、道元の主著であり、未完の大著です。『正法眼蔵』とは一体どんな書物なのでしょうか。仏教思想家のひろさちやさんに伺いました。

*  *  *

『正法眼蔵』というタイトルの「正法」は、正しい教えという意味です。釈迦が説いた教え、つまり「仏教」そのものにほかなりません。それが経典となって「蔵」に納められている。つまり「正法蔵」です。では、お経さえ読めば釈迦の教えが分かるでしょうか。そうではありませんね。それを正しく理解するには、読む者に経典を解釈する力、すなわち「智慧(ちえ)」が必要です。

たとえば、仏教は不殺生戒(ふせっしょうかい)において生き物を殺してはいけないと教えています。でも、生き物を殺すとは本当はどういうことなのか。たとえば生き物のなかに植物まで含めれば、わたしたち人間は生きていくことができません。ですから、わたしたちはこの教えを解釈しないといけない。解釈するには「智慧」が必要なわけです。

そして、そのような「智慧」を禅者たちは“眼”と表現しました。曇りのない眼でもって対象を見たとき、わたしたちは対象を正しく捉えることができる。蔵に納められた経典も、そのような「眼」でもって読み取れば、仏の教えを正しく理解できるのです。それを「正法眼蔵」と呼びます。

道元は、釈迦の正法を正しく読み取る智慧を、弟子たちや後世のわれわれに教えようとしました。それが『正法眼蔵』という書物です。ご存じのとおり、道元は禅宗の僧侶です。それでは、禅とは何でしょうか。これはいろいろに定義ができると思いますが、ここでは、仏教の真理を言葉によらずに師から弟子へと伝えていく営み、と定義しておきます。禅の特色を示すものとして、

―― 不立文字(ふりゅうもんじ)・以心伝心――

がよく知られていますが、まさに文字(言葉)を立てずに、心から心へと真理を伝えていくのが禅なのです。
引用元:正法眼蔵とは何か | NHKテキストビュー http://textview.jp/post/culture/26988

正法眼蔵随聞記
しょうぼうげんぞうずいもんき

道元の侍者,懐弉 (えじょう。 1198~1280) の編。6巻。道元の法話を,懐弉が聞いたとおりに平易な文章で筆記したもので,理解しやすく,道元自身の姿をいきいきと浮彫りにしている。
引用元:正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%AD%A3%E6%B3%95%E7%9C%BC%E8%94%B5%E9%9A%8F%E8%81%9E%E8%A8%98-79834