『猫梅』

現在は永青文庫が所有している
日本画家・菱田春草が死の前年に
描き、文展に出展した作品は?
『黒き猫』(答)

『黒き犬』
『黒き牛』
『黒き馬』
37%

菱田 春草(ひしだ しゅんそう、1874年(明治7年)9月21日 – 1911年(明治44年)9月16日)は、明治期の日本画家。横山大観、下村観山とともに岡倉天心(覚三)の門下で、明治期の日本画の革新に貢献した。本名は三男治(みおじ)。

画業[編集]

黒き猫(重要文化財)
春草、大観らは、1900年(明治33年)前後から、従来の日本画に欠かせなかった輪郭線を廃した無線描法を試みた。この実験的画法は世間の非難を呼び、「朦朧体」(もうろうたい)と揶揄された。『菊慈童』『秋景(渓山紅葉)』などが「朦朧体」の典型的作品である。1907年(明治40年)には「官」の展覧会である文展(文部省美術展覧会)の第1回展が開催されたが、この時出品した、色彩点描技法を用いた『賢首菩薩』も手法の革新性のため、当時の審査員には理解されなかった。晩年の『落葉』は、伝統的な屏風形式を用いながら、空気遠近法(色彩の濃淡や描写の疎密で、遠くの事物と近くの事物を描き分ける)を用いて日本画の世界に合理的な空間表現を実現した名作である。このように、伝統的な日本画の世界にさまざまな斬新な技法を導入し、近代日本画の発展に尽くした画家で、岡倉天心もその早すぎた死を惜しんだ。大観は、後に日本画の大家と褒められると、「春草の方がずっと上手い」と答えたという。また「(春草が)生きていれば自分の絵は10年は進んだ」とも残している。
引用元:菱田春草 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%B1%E7%94%B0%E6%98%A5%E8%8D%89

菱田春草
Hishida Shunso
作品1
猫梅
明治39年(1906) 118.0×49.8 cm
菱田春草の「猫」といえば、文展に出品された名作《黒き猫》があるが、これはその4年前の作である。《黒き猫》で完成された写実と装飾の融合が、この作品においてすでに追求されており、夭逝した天才画家にして描ける秀作といえる。
引用元:菱田春草 | 足立美術館|ADACHI MUSEUM OF ART https://www.adachi-museum.or.jp/archives/collection/hishida_shunso