【中間切れ】海の太陽も一輪の花の様

次の文字列を順に選んで
中村草田男の句にしなさい
蒲公英の
かたさや
海の日も
一輪
13%


秋の昆虫が勢い良く飛ぶ様を
詠んだ加藤楸邨の句は「しずか
なる◯満ちゆきばったとぶ」?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
ちから(答)
19%

スロット
中村草田男、石田波郷らとともに「人間探求派」とよばれた日本の俳人で、句集『まぼろしの鹿』、『寒雷』で知られるのは?
加藤楸邨(答)
かとうしゅうそん
引用元:「しづかなる力満ちゆき螇蚸とぶ」 | 【QMA復習】わかればいいのに https://seethefun.net/%e6%96%87%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/34550/


お寺の本堂の様子を詠んだ
夏目漱石の句は「叩かれて
昼の◯を吐く木魚かな」?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
か(答)

23%
引用元:叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな | 【QMA復習】わかればいいのに https://seethefun.net/%e6%96%87%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/40654/

■蒲公英のかたさや海の日も一輪(中村草田男)
・たんぽぽの かたさやうみの ひもいちりん
・早春の夕刻、まだ冬の気配が去りきっていない浜辺近くの寂しい道を歩いていたところ、道端(みちばた)に蒲公英(たんぽぽ)の花が一輪、ひっそりと咲いているのを見つけた。鮮やかな黄色をした小さなその花の花びらに指でそっと触れてみたところ、それはその花の健気さや可憐さとは対照的な、まさに生きる力を感じさせる意外なほどのかたさであったことだ。美しく光を放ちながら海に沈んでゆこうとしている夕陽もまた、一輪のやさしい春の花のようである。
・まだ冬の気配を残した早春、道端にひっそりと一輪咲く蒲公英を見つけ、見かけや印象とは対照的な生命力の強さを発見した感動が詠われている。また、その感動の余韻に浸りながら、海に沈む夕日の美しい姿を蒲公英の花の姿と重ね合わせ、しみじみと眺め入っている。(春・中間切れ)
引用元:【俳句3:た~は行】中学受験国語 http://www9.plala.or.jp/juken1/haiku_3.htm

さて、第3回は、次の作品です。

蒲公英のかたさや海の日も一輪  中村草田男『火の島』(昭16)

まず、たんぽぽがどこに咲いているかイメージができたでしょうか。海のそばですね。花は何本咲いていますか。「海の日も一輪」とありますから、たんぽぽは一輪咲いているのですね。俳句鑑賞の基礎知識ですが、「や」は切れ字と言って、感動の焦点を示します。この句では「蒲公英のかたさ」が、感動の中心です。

次に「蒲公英のかたさ」について鑑賞しましょう。俳句では、実が有名なもの以外は、「花名=花が咲いている状態」を示す約束事があります。ですから、花咲くたんぽぽに「かた」いという印象を、作者は抱いているわけです。綿毛として飛んできた種が、地面がある所ならどんな場所でも、落ちついた先で根を張り、最初の葉も地面に張りつくように四方に伸ばす様子は、皆さんも良くご存知だと思います。そのような生命力の強い印象を指し、作者は「かたさ」に感じ入っているのではないでしょうか。

次に「海の日も一輪」という比喩を解読しましょう。おそらくまだ早春で、温かさに乏しい太陽が、空に浮かんでいる光景でしょう。そして。その太陽は大きくなく、存在感にも欠けます。だからこそ、小さな花を数える際の「一輪」という語で表現されたのでしょう。太陽の弱々しさは、海の荒れ具合も連想させます。たんぽぽが、怒濤(どとう)の海が打ち寄せる浜近くに、地に張りついて、まるで身を縮めるようにして、たくましく咲いている様子が目に浮かびます。「蒲公英」と「太陽」の、天と地の存在との<対照>、そしてともに一輪と表現されるような<調和>、すなわち両者の<照応>が、この句の読みどころと言ってよいと思います。

ちなみに句集では、千葉県犬吠埼での連作「岩の濤、砂の濤」に収められている作品です。連作の他の句も読むと、春というより冬季の作品です。早咲きのたんぽぽを作者は見つけたのでしょう。

花を句に詠む際は、その花の特徴をよくつかむことが大切です。この句はたんぽぽのたくましさや一徹そうな感じを、弱々しい海の太陽と怒濤を配することで、焦点化できています。このような構成美を打ち出した作品は、皆さんが俳句を作る場合にも、大変参考になることでしょう。一字ぶん字余りのたった十八文字でも、大きな光景と小さな生命の魅力を同時に描くこともできるのですよ。
わだ こういちろう (日本文化・日本文学担当 准教授)
引用元:TOPICS詳細 | 東京成徳短期大学 http://www.tsc.ac.jp/tagblocks/lang/news/Press/0000000648.html

蒲公英のかたさや海の日も一輪   草田男

 犬吠埼で詠まれた句だという。読んだとたん、胸の中に、明るい陽光が広がってくる。太平洋の明るさである。
 「海の日が一輪」「海の日の一輪」と、助詞を一つ変えれば、至極すっきりとまとまった句になる。だが、それとひきかえに、あたかも厚い雲がきて日を隠してしまったように、一句から陽光が消えうせてしまうことに気づいて、愕然とする。「も」という助詞一つに拘泥する態度は、勇壮な草田男俳句に対するのに、ふさわしくないだろうか。いや、勇士アキレスにしろ、不死の水に唯一漬からなかった踵を射られ、死に至った。助詞の一つが、この句の命の根幹にかかわっていると信じて、話を進めていきたい。
 「も」が使われている草田男の句は、全集をひもとけば、いくらでも抜き出すことができる。よく知られた句に限っても、たとえば、次のような句があげられるだろう。
引用元:中村草田男 | 出版社ふらんす堂 http://furansudo.com/archives/160

中村 草田男(なかむら くさたお、1901年(明治34年)7月24日 – 1983年(昭和58年)8月5日)は、中国アモイ出身の俳人。本名清一郎(せいいちろう)。東京帝国大学国文科卒。高浜虚子に師事、「ホトトギス」で客観写生を学びつつ、ニーチェなどの西洋思想から影響を受け、生活や人間性に根ざした句を模索。石田波郷、加藤楸邨らとともに人間探求派と呼ばれた。「萬緑」を創刊・主宰。戦後は第二芸術論争をはじめとして様々な俳句論争で主導的な役割をもった。忌日は「草田男忌」として季語。

作品[編集]
代表的な句としては、

蟾蜍(ひきがえる)長子家去る由もなし(『長子』所収)
降る雪や明治は遠くなりにけり(1931年作。『長子』所収)
冬の水一枝の影も欺かず(『長子』所収)
玫瑰(はまなす)や今も沖には未来あり(同)
萬緑(ばんりょく)の中や吾子の歯生え初むる(1940年作。『火の島』所収)
勇気こそ地の塩なれや梅真白(1944年作。『来し方行方』所収)
葡萄食ふ一語一語の如くにて(1947年作。『銀河依然』所収)
などがある。
引用元:中村草田男 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E8%8D%89%E7%94%B0%E7%94%B7