『愛人ラマン』デュラス『愛の砂漠』モーリアック

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インディア・ソング───マルグリット・デュラス
自由への道───サルトル
テレーズ・デスケルー───フランソワ・モーリアック
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インディアソング

インディア・ソング
マルグリット・デュラス 著
田中 倫郎 訳
架空のインドを舞台に繰り広げられる凄絶なドラマ――言い寄るすべての男に体を与える大使夫人、狂気の叫びをあげる副領事、そして絶えず歌を口ずさむ女乞食。デュラスの最も有名な題名映画の原作。
引用元:インディア・ソング :マルグリット・デュラス,田中 倫郎|河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309461762/

自由への道 (一)
参加=拘束(アンガジュマン)とは? 自由とは?(全6冊)
自由への道 (一)
著者 J.‐P.サルトル 作 , 海老坂 武 訳 , 澤田 直 訳
マチウ,34歳.自由を主義とし,自由を謳歌するパリの高校の哲学教師.その恋人マルセルが妊娠した.堕胎の金策に走り回るマチウ.だがその選択に賛同する友人や家族はなく,彼の生き方の欺瞞,自由の重圧と空虚さが容赦なく突きつけられる.参加=拘束(アンガジュマン)とは? 自由とは? 20世紀小説史を飾るサルトルの長編第2作.(全6冊)
引用元:自由への道 (一) – 岩波書店 https://www.iwanami.co.jp/book/b270818.html

テレーズ・デスケルウ
著:フランソワ・モ-リアック 訳:遠藤 周作 解説:若林 真
自分の夫の毒殺を計ったテレーズは、家の体面を重んじる夫の偽証により免訴になった が、家族によって幽閉生活を強いられる。絶対的な孤独のなかで内なる深淵を凝視するテレーズは、全ての読者に内在する真の人間の姿そのものなのだろうか―─遠藤周作がノーベル賞作家フランソワ・モーリアックと一心同体となって、昂揚した日本語に移しかえたフランス文学の不朽の名作。
引用元:『テレ-ズ・デスケルウ』(フランソワ・モ-リアック,遠藤 周作,若林 真):講談社文芸文庫|講談社BOOK倶楽部 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000168374

マルグリット・デュラス(Marguerite Duras, 1914年4月4日 – 1996年3月3日)は、フランスの小説家、脚本家、映画監督。

ヌーヴォー・ロマンの作家の一人に数えられることもあるが、キャリアの点でも作風の点でもヌーヴォー・ロマンの枠内には収まらない。

1984年に発表した、インドシナに住んでいた時に知り合った華僑の青年との初めての性愛体験を描いた自伝的小説『愛人』(fr)(en)は、ゴンクール賞を受賞し、世界的ベストセラーとなった。1992年にはフランス・イギリス合作で映画化され、この映画『愛人/ラマン』も原作同様ヨーロッパでヒットした。なお、この作品の姉妹編とも言うべき『北の愛人』は、かつてのデュラスの愛人だった中国人青年の死を聞いて執筆を始めたという。この作品は1991年に発表された。

ペンネームのデュラスは、彼女の父の出身地から取ったもの。
引用元:マルグリット・デュラス – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%82%B9

ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル(フランス語: Jean-Paul Charles Aymard Sartre、1905年6月21日 – 1980年4月15日)は、フランスの哲学者、小説家、劇作家。内縁の妻はシモーヌ・ド・ボーヴォワール。右目に強度の斜視があり、1973年にはそれまで読み書きに使っていた左目を失明した。自分の意志でノーベル賞を拒否した最初の人物である。
引用元:ジャン=ポール・サルトル – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AB

フランソワ・モーリアック(モリヤック、François Mauriac 発音例, 1885年10月11日 – 1970年9月1日)は、フランスのカトリック作家。息子にクロード・モーリアック、外孫にアンヌ・ヴィアゼムスキーがいる。

1926年にアカデミー・フランセーズ賞を受賞し、1952年にはノーベル文学賞を受賞した。なおアカデミー・フランセーズ賞受賞者としては初のノーベル文学賞受賞者であった。

作風[編集]
彼は背景や題材を多く故郷のボルドー地方の風物、古い伝統や因習の殻に閉じこめられた地方的な家庭生活に採り、個人と家庭、信仰と肉の葛藤、エゴイズムと宗教意識の戦いを主なテーマとした。病的なほどに我執や肉欲にとらわれる人間の内面を執拗に分析して、神なき人間の悲惨を描いた。表現は独自の内的独白の手法により、文体は古典的で端正、精緻で、構成もきわめて巧妙、深刻な道徳問題を取り扱った心理小説家として独自の地位を保つ。遠藤周作や三島由紀夫に影響を与えた。
引用元:フランソワ・モーリアック – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%AF