八旗

中国・清の時代に
満州民族が所属していた
軍事組織を何という?
八旗(答)

六旗
七旗
九旗
60%

八旗
はっき
中国、後金(こうきん)国と清(しん)朝を通じての満州人を中心とする社会組織で、これを基礎に兵制も構成された。八旗制に属する人を旗人(きじん)といい、当時の特権階級である。八旗とは黄、白、紅、藍(あい)の四色旗(正黄旗などと称する)と、この四色旗に縁どりをした四色旗((じょう)黄旗などと称する)の合計8種の軍団の旗印をさす。女直(じょちょく)(女真(じょしん))人は狩猟を生活基盤としていたが、17世紀の初めにヌルハチ(清の太祖)の手で、狩猟の際の巻狩りを原型にして社会組織が構成された。これが八旗の始まりである。ヌルハチは周辺の女直諸部族を平定するとこれを組織化して、初めは二旗、ついで四旗とし、1616年の後金国成立時には八旗ができあがった。さらに太宗ホンタイジ時代に内蒙古(もうこ)や遼東(りょうとう)半島の漢人を平定すると、それまでの満州人を中心とした八旗(後の八旗満州)に対して、蒙古人、漢人を中心とする八旗蒙古、八旗漢軍が組織され、計24旗に膨張した。
 各旗の構成、所属旗人の数などは時代によって異なるが、原型は、300人の壮丁を一牛(ニル)(満州語で矢の意味。漢名は佐領(さりょう))とし、これが基本単位で、五ニルで一甲喇(ジヤラン)(漢名参領(さんりょう))、五ジャランで一固山(グーサ)(漢名旗)であった。つまり一旗には7500人の旗人が所属した。
引用元:八旗(はっき)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%85%AB%E6%97%97-114928