崇神(すじん)天皇

『古事記』と『日本書紀』に
詳しい記述があることから
実在の可能性がある最古の天皇
と言われる第10代天皇は誰?
景行天皇

垂仁天皇
崇神天皇(答)
開化天皇
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崇神天皇【すじんてんのう】

《日本書紀》にみえる天皇。開化天皇の皇子。和風諡号(しごう)は御間城入彦五十瓊殖(みまきいりひこいにえ)天皇。記紀によれば四道(しどう)将軍を派遣して大和朝廷の領域を広げ,国家の財政制度を確立したという。〈はつくにしらすすめらみこと〉と称されているところから,同じ称号をもつ神武(じんむ)天皇に対して真の建国者とする説や,大和朝廷を確立した最初の天皇とする説などがある。
引用元:崇神天皇(すじんてんのう)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%B4%87%E7%A5%9E%E5%A4%A9%E7%9A%87-83807

崇神天皇

『古事記』『日本書紀』に第10代と伝えられる天皇。大和の磯城の瑞籬宮に都したと伝えられる御間城入彦五十瓊殖天皇。開化天皇の第2皇子で,母は物部氏の遠祖に当たる大綜麻杵の娘の伊香色謎命。垂仁天皇の父。疫病の蔓延によって民の半数が死んでしまいそうになったとき,神託に従って大田田根子に大物主神を祭らせて再び平安を得たとか,四道将軍を派遣して国内を平定したとか,天照大神を大和の笠縫邑に遷したとか,盾と矛を捧げて墨坂神,大坂神を祭ったとか,また出雲大社の神宝を献上させたとか,多くの話がこの天皇の代のこととして語られる。いつの時代のこととして設定されているのかはっきり記述されていない,大物主神と倭迹迹日百襲姫との神婚説話もこの天皇にかかわる形で語られる。以上の諸説話には,祭祀に関するもの,特に三輪山(桜井市)の大物主神の祭祀に関するものが多く,このことが三輪山を中心とするいわゆる三輪王朝の存在を想定する説を導くもととなっている。また,『日本書紀』において,神武天皇が「始馭天下之天皇」と呼ばれながら崇神天皇もまた同じく御肇国天皇と呼ばれているという事実から,事実上は崇神天皇が大和朝廷の創建者であったのではないかとする説もあり,この崇神天皇をめぐる史書の記述は国家の起源にかかわる重要な問題を提供している。< 参考文献>吉井巌『天皇の系譜と神話』
(佐佐木隆)
引用元:崇神天皇(すじんてんのう)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%B4%87%E7%A5%9E%E5%A4%A9%E7%9A%87-83807