さびしさに 宿をたち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕暮れ


『小倉百人一首』にも歌が
読まれている平安時代の歌人です
良暹法師
りょうぜんほうし(答)
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「暹」の部首・画数・読み方・意味など
部首 日 (ひ・ひへん・にち・にちへん)
画数 16画
音読み セン
意味 日の出。太陽がのぼる。
引用元:「暹」の部首・画数・読み方・意味など https://kanji.jitenon.jp/kanjih/3931.html

良暹
生年:生没年不詳
平安時代の僧侶歌人。経歴などにも不明な点が多いが,比叡山の僧で祇園別当となり,のちには大原に隠棲したことが知られる。橘為仲,橘俊綱,津守国基などと交流しつつ歌人として活躍,長暦2(1038)年の権大納言家歌合 など多くの歌合にも出詠している。『後拾遺集』に採られた。「さびしさに宿をたち出でてながむればいづくも同じ秋の夕暮」の一首は特に名高い。歌語をめぐって論争した話や,良暹の詠んだ上句に誰も下句を付け得なかった話など,多くの説話が伝えられている。『良暹打聞』と呼ばれる私選集を編集したが,現存しない。『後拾遺集』以下の勅撰集に約30首が入集。
(山本登朗)
引用元:良暹(リョウゼン)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%89%AF%E6%9A%B9-659393

良暹(りょうぜん、生没年不詳)は、平安時代中期の僧・歌人。

出自・経歴については不明であるが、比叡山(天台宗)の僧で祇園別当となり、その後大原に隠棲し、晩年は雲林院に住んだといわれている。一説では、康平年間(1058年 – 1065年)に65歳ぐらいで没したともいわれている。

歌人の友として、賀茂成助・津守国基・橘為仲・素意法師などがいた。1038年(長暦2年)9月の「権大納言師房家歌合」などいくつかの歌合に出詠している。「良暹打聞」という私撰集を編んだというが現存していない。

歌は「後拾遺和歌集」以下の勅撰和歌集に入集している。

百人一首
70番 さびしさに 宿をたち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕暮れ 良暹法師(「後拾遺和歌集」秋上333)
引用元:良暹 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%AF%E6%9A%B9

【今回の歌】

  寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば
   いづこも同じ 秋の夕暮れ

         良暹法師(70番) 『後拾遺集』秋・333

■□■ 現代語訳 ■□■
  
  あまりにも寂しさがつのるので、庵から出て辺りを見渡してみ
 ると、どこも同じように寂しい、秋の夕暮れがひろがっていた。
 
■□■ ことば ■□■

 【寂しさに】
 平安時代の「寂しさ」は、秋や冬の寂寞とした感じを表します。
 特に一人住まいや無人の荒れ果てた家や野山など、あまり人がい
 ない場所の寂しさを示しています。
 格助詞「に」は原因や理由を表し、全体で「さびしさのせいで」
 という意味になります。
 【宿を立ち出でて】
 この場合の「宿」は自分が住んでいる庵のことです。「庵を出て」
 という意味になります。
 【眺むれば】
 下二段動詞「眺む」は、単に眺めているだけではなく、「いろい
 ろな思いにふけりながらじっと長い間見ている」というニュアン
 スがあります。「眺む」の已然形に接続助詞「ば」がつき、順接
 の確定条件を表します。
 【いづこも同じ秋の夕暮れ】
 「どこも同じように寂しい秋の夕暮れがひろがっていた」という
 意味です。「同じ」は形容詞の連体形の特殊な形です。最後の体
 言止めの「秋の夕暮れ」は、定家の編纂した新古今集の時代に流
 行した結句(むすびのことば)でした。

■□■ 作者 ■□■

  良暹法師(りょうせんほうし。生没年未詳、11世紀前半の人)
 山城国愛宕郡(おたぎのこおり)の生まれで、父親は分かりませ
 んが、母親は藤原実方家の童女白菊だったという説があります。
 比叡山の僧侶で祇園の別当であり、晩年は洛北大原の雲林院に隠
 棲したと言われます。
引用元:【百人一首講座】寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづこもおなじ秋の夕暮─良暹法師 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】 https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/070.html