モイーズ・チョンべ カタンガ州の独立を宣言「コンゴ動乱」

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1960年に始まったコンゴ動乱で
コンゴ民主共和国からの
独立を宣言したカタンガ州の
臨時大統領を務めた政治家は?
・ンイチベズモョー
→モイーズ・チョンべ

モイーズ・カペンダ・チョンベ(Moïse Kapenda Tshombe、1919年11月10日 – 1969年6月29日)は、ザイール(現・コンゴ民主共和国)の政治家。カタンガ州の分離独立を主張し、コンゴ動乱の原因を作った。
>1960年の選挙でコナカ党はカタンガ州の実権を掌握した。同年コンゴが独立すると、天然資源の豊かなカタンガの経済力をバックに発言力を維持しようとするチョンベと、ジョセフ・カサブブ大統領やパトリス・ルムンバ首相との対立がすぐに表面化し、チョンベとコナカ党はカタンガの分離独立を宣言した。これが引き金となり、コンゴ国内は四分五裂の様相を呈した。コンゴ動乱である。
引用元: モイーズ・チョンベ – Wikipedia.

1960年コンゴ共和国(のちザイール共和国、現コンゴ民主共和国)の独立とともにカタンガ州首相となり、コンゴ動乱勃発(ぼっぱつ)直後の同年7月カタンガ州の分離独立を宣言した。1963年1月国連軍によってカタンガが制圧されると、分離を終結してスペインに亡命したが、1964年6月に帰国して中央政府首相に就任、左派ゲリラ勢力の鎮圧に成功した。その後カサブブ大統領と対立して1965年10月に解任され再度スペインに亡命、1967年6月乗機がアルジェリアに強制着陸させられ、1969年6月29日アルジェの獄中で病死した。[小田英郎]
引用元: チョンベとは – コトバンク.