【伊勢】難波潟【壬生忠岑】有明の

次の『小倉百人一首』に
収められた和歌の最初の部分と
その作者の、正しい組み合わせを
選びなさい
難波潟みじかきあしの───伊勢
月みれば千々に物こそ───大江千里
有明のつれなくみえし───壬生忠岑
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【今回の歌】

   難波(なには)潟 みじかき芦の ふしの間も
     逢はでこの世を 過ぐしてよとや

           伊勢(19番) 『新古今集』恋一・1049

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  今では女の人がずいぶん強くなった、なんて言われますが、や
 はり男と女の恋心はいつの時代も変わらないもの。平安時代は、
 女の家へ男が訪れる形式で恋愛が行われていましたので、逢えな
 いつらさはひとしおだったでしょう。厳寒の今日この頃のような
 つらい恋慕の情を歌った歌を紹介しましょう。
 
■□■ 現代語訳 ■□■
  難波潟の芦の、節と節との短さのように、ほんの短い間も逢わ
 ずに、一生を過ごしてしまえと、あなたは言うのでしょうか。
 
■□■ ことば ■□■
 【難波潟】
  今の大阪湾の入り江の部分のこと。昔は干潟が広がり、芦がた
 くさん生えていて、名所のひとつになっていました。「潟」は潮
 が引いた時に干潟になる遠浅の海のことです。
 【みじかき芦の】
 「芦」は水辺に生えるイネ科の植物。高さ2~4mになります。
 「難波潟 みじかき芦の」までが、この歌の序詞。
 【ふしの間も】
 掛詞で、芦の「節(ふし)」の短さと、逢う時のほんのわずかな
 時間、という意味を掛けています。
 【逢はでこの世を】
 「世」は人生や男女の仲などさまざまな意味を持ちます。ここで
 は男女から人生の意味まで複数の意味をかけます。また「世」は
 「節(よ)」と音が重なり、「節(ふし)」とともに芦の縁語。
 【過ぐしてよとや】
 一生を過ごしてしまえと、あなたは言うのでしょうか、という意
 味。「てよ」は完了の助動詞「つ」の命令形です。
引用元:【百人一首講座】難波潟みじかき芦のふしの間も あはでこの世を過ぐしてよとや─伊勢 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】 https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/019.html

【今回の歌】

   月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ
    わが身一つの 秋にはあらねど

          大江千里(23番) 『古今集』秋上・193

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  「哀愁」「旅愁」などに使われる「愁(しゅう)」の文字は、
 「秋の心」と書きますよね。「もの悲しい」というような意味で
 すが、平安の昔から秋は思索にふける季節であり、悲哀の時季で
 あることが感覚としてとらえられてきました。
  確かに、夏から急激に温度が下がったり長雨が続いたりすると
 気分がすぐれない人も多いでしょう。平安の歌人がそうだという
 わけではありませんが、鋭敏な感覚をもつ歌人のこと、秋の哀愁
 と季節の変化は人一倍感じられるのでしょう。
  今回はそういう歌をご紹介します。

■□■ 現代語訳 ■□■
  
  月を見ると、あれこれきりもなく物事が悲しく思われる。私一
 人だけに訪れた秋ではないのだけれど。
 
■□■ ことば ■□■

 【月みれば】
 「月を見ると」という意味。「みれば」は確定条件を表します。
 【ちぢにものこそ悲しけれ】
 「ちぢ(千々)に」は「さまざまに」だとか「際限なく」という
 意味で、下の句の「一つ」と対をなす言葉です。「もの」は「自
 分をとりまくさまざまな物事」ということです。「悲しけれ」は
 係助詞「こそ」を結ぶ形容詞の已然形です。
 【わが身一つの】
 「私一人だけの」という意味で、本来なら「一人の」ですが、上
 の句の「千々に」と照応させるために、「ひとつ」になっていま
 す。
 【秋にはあらねど】
 秋ではないけれども、という意味。上の句と下の句で倒置法が使
 われています。「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で、「ど」
 は逆接の接続助詞です。
引用元:【百人一首講座】月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど─大江千里 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】 https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/023.html

【今回の歌】

  有明の つれなく見えし 別れより
   暁(あかつき)ばかり 憂(う)きものはなし

            壬生忠岑(30番) 『古今集』恋・625

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  ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか。5月も中旬に
 入ると暖かさも増し、もう半袖で十分過ごせる一日も増えてきて
 いますね。
  今年は気候の移り変わりが例年より2カ月ほど早いなんて言わ
 れていますので、衣替えも少し早めに考えた方がいいのではない
 でしょうか。
  しかし暖かいと、つい酒場で飲み過ぎてしまって朝近くになっ
 てから帰るなんてこともあるかもしれません。
  帰ると奥さんの怖い顔が待っている。そんな時にはこの歌を思
 い出して…、というのは少し違いますが、中年男の悲哀をぐっと
 感じさせる愁いのある朝帰りの歌をご紹介しましょう。
  
■□■ 現代語訳 ■□■
  
  有明の月は冷ややかでそっけなく見えた。相手の女にも冷たく
 帰りをせかされた。その時から私には、夜明け前の暁ほど憂鬱で
 辛く感じる時はないのだ。
 
■□■ ことば ■□■

 【有明(ありあけ)の】
 十六夜以降、おおむね二十夜以降の、明け方まで空に残っている
 月のことです。
 【つれなく見えし】
 「つれなく」は形容詞「つれなし」の連用形で「冷淡だ」などの
 意味です。そのまま「つれない」で現代でも意味は通じます。
 「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、過去の女との別れを回
 想しています。
 また、月のつれなさと別れた女のつれなさを重ねています。
 【別れより】
 「より」は時間の起点を表す格助詞で、「その時から」という意
 味になり、現在までの時間の経過を表しています。
 【暁(あかつき)ばかり】
 「暁(あかつき)」は夜明け前のまだ暗いうちのことです。「ば
 かり」は後の「なし」と組み合わせて、「~ほど、~なものはな
 い」という意味になります。
 【憂(う)きものはなし】
 「憂き」は形容詞「憂し」の連体形で「つらい」「憂鬱な」とい
 う意味です。「夜明け前ほど、憂鬱な時間はない」という意味に
 なります。
引用元:【百人一首講座】有明のつれなく見えし別れより 暁ばかりうきものはなし─壬生忠岑 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】 https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/030.html