王維


画家としても活躍し
南画の祖とされる唐の詩人は
王維である
◯(答)
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王 維(おう い、生卒年は『旧唐書』によれば699年 – 759年、『新唐書』では701年 – 761年。以降の記述は一応『新唐書』に準拠、長安元年 – 上元2年)は、中国唐朝の最盛期である盛唐の高級官僚で、時代を代表する詩人。また、画家、書家、音楽家としての名も馳せた。字は摩詰、最晩年の官職が尚書右丞であったことから王右丞とも呼ばれる。河東(現在の山西省永済市)出身。

同時代の詩人李白が“詩仙”、杜甫が“詩聖”と呼ばれるのに対し、その典雅静謐な詩風から詩仏と呼ばれ、南朝より続く自然詩を大成させた。韋応物、孟浩然、柳宗元と並び、唐の時代を象徴する自然詩人である。とりわけ、王維はその中でも際だった存在である。画についても、“南画の祖”と仰がれている。
引用元:王維 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E7%B6%AD

南画(なんが)は、中国の南宗画に由来する 日本的解釈の江戸時代中期以降の画派・画様の用語である。文人画ともいう。

南宗画
南宗画は17世紀に明の莫是龍を受け継いだ董其昌(1555年 – 1630年)の画論『画禅室随筆』で流布した。即ち、禅に南北二宗があるのと同様、絵画にも南北二宗がある。李思訓から馬遠、夏珪に連なる北宗派の「鉤斫之法」(鉄線描、刻画)に対し、王維の画法渲淡(暈し表現)から始まり、董源、巨然、米芾、米友仁、元末四大家に連なる水墨、在野の文人・士大夫の表現主義的画法を称揚した流派である[1]。
引用元:南画 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%94%BB