島根県


作家・小泉八雲が住んだ
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引用元:島根県 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%A0%B9%E7%9C%8C

小泉八雲
こいずみやくも

[生]嘉永3(1850).6.27. ギリシア,レフカス
[没]1904.9.26. 東京
文学者,随筆家。本名 Lafcadio Hearn。父はイギリス人,母はギリシア人。アメリカに渡って新聞記者生活をおくり,ヨーロッパ文学の新しい潮流をアメリカに紹介,文芸評論家としても活躍。その後『西印度諸島の2年間』 Two Years in the French West Indies (1884) を発表して東洋への関心を深め,1890年来日,島根県松江中学の英語教師となった。同年小泉セツと結婚,日本に帰化し,熊本の第五高等学校講師 (91) ,『神戸クロニクル』紙記者 (94) ,東京大学文学部講師 (96~1903) ,早稲田大学講師 (04) を歴任した。日本の各地を渡り歩いて,『知られざる日本の面影』 Glimpses of Unfamiliar Japan (1894) ,『心』 Kokoro (96) ,『仏の畑の落穂』 Gleanings in Buddha-Fields (97) などで日本の風土と心を紹介する一方,日本の伝説に取材した『怪談』 Kwaidan (1904) で物語作者としての才能も発揮した。彼の愛したのは儒教的礼節,神道的祖先崇拝,仏教的宿命観に裏づけられた前近代的な日本人であったが,絶えず認識を改めつつ東西文化の比較のうえで日本人をとらえ西洋に紹介した功績は大きい。
引用元:小泉八雲(こいずみやくも)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%B0%8F%E6%B3%89%E5%85%AB%E9%9B%B2-61282

小泉 八雲(こいずみ やくも、1850年6月27日 – 1904年(明治37年)9月26日)は、ギリシャ生まれの新聞記者(探訪記者)、紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家、日本民俗学者。東洋と西洋の両方に生きたとも言われる[1]。 出生名はパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)。ラフカディオが一般的にファーストネームとして知られているが、実際はミドルネームである。アイルランドの守護聖人・聖パトリックにちなんだファーストネームは、ハーン自身キリスト教の教義に懐疑的であったため、この名をあえて使用しなかったといわれる。

ファミリーネームは来日当初「ヘルン」とも呼ばれていたが、これは松江の島根県立中学校への赴任を命ずる辞令に、「Hearn」を「ヘルン」と表記したのが広まり、当人もそのように呼ばれることを非常に気に入っていたことから定着したもの[2]。ただ、妻の節子には「ハーン」と読むことを教えたことがある。HearnもしくはO’Hearnはアイルランド南部では比較的多い姓である。
引用元:小泉八雲 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B3%89%E5%85%AB%E9%9B%B2