タワンティンスーユ


かつて南米に栄えた
インカ帝国の正式名称は?
ワースタンティユン
タワンティンスーユ(答)
32%

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初代の王はマンコ・カパック
結び縄「キープ」
首都はクスコ
スペイン人ピサロに滅ぼされる
マヤ文明
テオティワカン文明
オルメカ文明
インカ文明(答)
引用元:メソアメリカ文明順「オルメカ文明」「テオティワカン文明」「トルテカ文明」アンデス文明「インカ文明」マンコ・カパック王「キープ」 https://seethefun.net/%e7%a4%be%e4%bc%9a/6787/


世界遺産にもなっている
ペルーの遺跡マチュピチュが
ある渓谷は?
ウバ渓バ谷ンル
ウルバンバ渓谷(答)


マチュピチュを始め、インカ帝国
時代の遺跡が多く残る、ペルーの
クスコ北西にある「聖なる谷」と
呼ばれる谷は◯◯◯◯◯渓谷?
ウルワリバ
マィタンヤ
デーバナト
ウルバンバ(答)
27%
引用元:ウルバンバ渓谷 https://seethefun.net/%e7%a4%be%e4%bc%9a/38365/

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次のうち、2007年に
「新・世界七不思議」に
選ばれた名所を全て選びなさい
(画像選択肢)
×1ナスカの地上絵
○2タージマハル
○3マチュピチュ
○4コロッセオ

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次のうち、2007年に
「新・世界七不思議」に
選ばれた名所を全て選びなさい
(画像選択肢)
○1タージマハル
×2アンコールワット
○3コロッセオ
×4ピラミッド

○チチェン・イッツァのピラミッド
○コルコバードのイエス・キリスト像
○万里の長城
×サグラダファミリア
×モアイ像
×自由の女神像
×ピサの斜塔
引用元:大理石 中国雲南省「大理」から 世界七不思議「タージ・マハル」大理石建造物 https://seethefun.net/%e7%a4%be%e4%bc%9a/6748/

インカ帝国(インカていこく、スペイン語:Imperio Inca、ケチュア語:タワンティン・スウユ(Tawantinsuyo, Tahuantinsuyo))は、南アメリカのペルー、ボリビア(チチカカ湖周辺)、エクアドルを中心にケチュア族が築いた国。文字を持たない社会そして文明であった。

首都はクスコ。世界遺産である15世紀のインカ帝国の遺跡「マチュ・ピチュ」から、さらに千メートル程高い3,400mの標高にクスコがある。1983年12月9日、クスコの市街地は世界遺産となった。

前身となるクスコ王国は13世紀に成立し、1438年のパチャクテク即位による国家としての再編を経て、1533年にスペイン人のコンキスタドールに滅ぼされるまで約200年間続いた。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口をかかえ、現在のチリ北部から中部、アルゼンチン北西部、コロンビア南部にまで広がっていたことが遺跡および遺留品から判明している。

インカ帝国は、アンデス文明の系統における最後の先住民国家である。メキシコ・グアテマラのアステカ文明、マヤ文明と対比する南米の原アメリカの文明として、インカ文明と呼ばれることもある。その場合は、巨大な石の建築と精密な石の加工などの技術、土器や織物などの遺物、生業、インカ道路網(スペイン語版、英語版)を含めたすぐれた統治システムなどの面を評価しての呼称である。なお、インカ帝国の版図に含まれる地域にはインカ帝国の成立以前にも文明は存在し、プレ・インカと呼ばれている。

インカ帝国は、被征服民族についてはインカ帝国を築いたケチュア族の方針により比較的自由に自治を認めていたため、一種の連邦国家のような体をなしていた。
引用元:インカ帝国 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%AB%E5%B8%9D%E5%9B%BD

インカ‐ていこく【インカ帝国】

ペルー南部のクスコを中心に、15世紀から16世紀にかけて繁栄したインカ族の国。最盛期にはエクアドルからチリにまで及ぶ大帝国となった。太陽神を信仰し、その子とされる王を頂点とする君主制をとった。巨石建築物や黄金細工、織物などの高い文化を有したが、文字はない。1533年、スペインのピサロによって最後の王アタワルパが処刑され、滅亡。クスコやマチュピチュに遺跡が残る。→インカ
[補説]インカ帝国はヨーロッパ人による呼称。インカ人は自身の国土をタワンティンスーユ(「四つの地方」の意)と称した。
引用元:インカ帝国(インカていこく)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%AB%E5%B8%9D%E5%9B%BD-32794