ウィルヘルミナ


1890年から1948年にかけて
国家元首の地位にあった
オランダ初の女王は?
ミルナウィルヘ
ウィルヘルミナ(答)
72%
Wilhelmina Helena Pauline Maria

ウィルヘルミナ(Wilhelmina, 1880年8月31日 – 1962年11月28日、在位:1890年 – 1948年)は、オランダ女王。オランダ国王ウィレム3世と後妻である王妃エンマの長女で、1948年に娘のユリアナに譲位するまで58年にわたり在位した。ウィルヘルミナ以後、2013年までオランダは女王の在位が続くことになる。

1880年、ウィレム3世と2番目の王妃エンマの長女として誕生。ウィレム3世には3人の王子がいたが、次男は幼くして夭折。さらにウィルヘルミナの誕生の前年に、長男オラニエ公ウィレム王子が39歳で逝去し、三男のアレクサンダー王子がオラニエ公(王太子)となっていた。しかし、1884年にアレクサンダー王子も病死し、兄たちは独身で嗣子がいなかったため、ウィルヘルミナ王女が4歳にして王位継承者となった。

1890年、父ウィレム3世が崩御すると、当時まだ10歳だったウィルヘルミナ王女が女王として即位した。摂政は母エンマ王太后が務めた。1895年5月3日訪英したウィルヘルミナ女王は、英国のヴィクトリア女王に会見した。
引用元:ウィルヘルミナ (オランダ女王) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%8A_(%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E5%A5%B3%E7%8E%8B)

ウィルヘルミナ
うぃるへるみな
Wilhelmina Helena Pauline Maria
(1880―1962)

オランダ女王(在位1890~1948)。1890年父ウィレム3世の没後王位を継承。母エンマの摂政下に置かれたが、98年アムステルダムの教会で即位式をあげた。1901年メクレンブルク・シュウェーリン公ハインリヒと結婚、09年に王女ユリアナを出産。立憲君主制のもとで議会を尊重したが、女王の影響力もけっして小さくなく、第二次世界大戦勃発(ぼっぱつ)まで中立政策を堅持、国内的には広範な社会改革に着手した。40~45年、ドイツの侵入によりロンドンに亡命政権を樹立、ドイツへの抵抗とオランダの自由を説き、オランダ解放後、熱狂的に祖国へ迎えられた。48年ユリアナに位を譲り退位。回想録がある。[藤川 徹]
引用元:ウィルヘルミナとは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%8A-33591