じげけんだん地下検断


室町時代の惣村の村人がみずから
警察権を行使すること
じけけんだん(答)
27%
地下検断

自検断(じけんだん)とは、中世日本の村落(惣村・郷村など)が、自ら検断を実施することをいう。地下検断(じげけんだん)ということもある。

概要
検断とは、統治すること・裁判することを意味する用語であり、中世日本では治安行政と刑事司法、さらに軍事までもが未分化だったため、領地・村落内の内政、外交を行い、統治することが裁判を行うことと密接につながっていた(日葡辞書によると、検断は統治・裁判を行う役職、とある)。こうした検断に関する事案を当時の用語で「検断沙汰」というが、検断沙汰には、殺人・傷害事件、窃盗・強盗事件、また謀叛など、治安を脅かす罪科に対する訴訟・裁判が含まれていた。

中世においては国家の権力や社会の隅々、すなわち個々の村々や住民にまでその支配を浸透させることが不十分であった。代わって荘園領主などの支配者が検断権を行使して村々や住民を支配しようとしたが、それも時代が下るにつれて衰退し、代わりに村落などの共同体が自治を確立させるようになる。支配者の支配手段の1つであった検断権も代わりに共同体の慣習的な内部規制によって行われるようになり(検断地下請)、また検断権の行使の際に摘発された者の財物が得分として行使者に渡ることになっており、自検断の実施は共同体内の利益が検断を通じて外部に流出するのを防止するという側面もあった[1]。これらの村落では、惣内部の法規定として、明文化された惣掟(そうおきて)を全構成員の合意のもとに制定し、惣掟に違反した者へ厳しく検断権を実行していった。特に窃盗・放火・殺人に対する検断は非常に重く、死刑とされることが多かった。さらに対立する村落間の紛争もしばしば自らの保有する武力によって解決され、村落ごとに高地に城砦を備え、また成員が戦闘訓練を受けていることも通例であった。また、検断権の行使を巡って、惣と支配者とで対立が生じることもあったが、惣から支配者へ交渉し、惣の検断権が追認されることも少なくなかった。
引用元:自検断 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%A4%9C%E6%96%AD

自検断
じけんだん
中世後期、村落などで発生した犯罪について、犯科人を検挙し処断する「検断」手続きに際し、守護の介入を拒絶する意図をもって、「自検断」の語が用いられることがあった。中世、「大犯(だいぼん)三箇条」の語によって象徴される重犯の検断は、基本的にはその国を管轄する守護の職務とされていたが、本家・領家の権威をもって「守護不入(ふにゅう)」の特権を認められた荘園においては、守護検断によらず自前の検断を主張することがあり、これが「自検断」の原型をなす。中世後期、惣(そう)と呼ばれる村落共同体の生成に伴い、内部の秩序維持を惣の自律によって行おうとする動きが生じ、荘園の「守護不入」特権のそうした名目と看板によりつつ実際には「地下(じげ)検断」として村落ごとに遂行される「自検断」が生じた。その背景には、外部から検断の手が入ることによって関係者の所領や財物が「検断得分(とくぶん)」として押収され流出することを、回避しようとする意図があったものと推察される。[新田一郎]
引用元:自検断(じけんだん)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%87%AA%E6%A4%9C%E6%96%AD-1171176