アラゴン王国


11世紀にイベリア半島の
北東部に建てられた王国は
◯◯◯◯王国?
◯を答えなさい
アラゴン(答)
41%

一問多答
次のうち、1479年に合併し
スペイン王国を成した国を
全て選びなさい
カスティリャ王国(答)
アラゴン王国(答)
カタルーニャ王国
グラナダ王国

イベリア半島東北部に成立したキリスト教王国。15世紀後半、カスティリャと合同してスペイン王国を形成。

 イベリア半島北部のナヴァラ王国から別れ、1035年に東北部に成立した。レコンキスタ運動とともに勢力を南下させ、1137年にバルセロナなどを併せて強大となった。このカタルーニャとアラゴンの同君連合国家をアラゴン連合王国という。さらにバレンシア地方にも進出し、イベリア半島東部の地中海岸のレコンキスタを完了した。

地中海進出
 その勢いを地中海進出に向け、1282年の「シチリアの晩祷」の事件に際してはシチリアを手に入れ、さらにサルデーニャ王国やマジョルカなどを領有した。アルフォンソ5世はナポリ王国王位も兼ね、地中海に一大勢力をもつ「海洋帝国」といわれるに至った。

カスティリャ王国との合同
 1479年即位したフェルナンド王は、その妻がカスティリャ王国のイサベル女王であったので、これによって両国は統合されスペインが成立した。
引用元:アラゴン王国 http://www.y-history.net/appendix/wh0603_2-067.html

アラゴン王国
アラゴンおうこく
Kingdom of Aragón

スペイン君主国を構成していた一王国。イベリア半島東北部にあり,エブロ川の支流アラゴン川の名に由来した中世の王国。ローマ,西ゴート,ムーアとその領域の支配者は変ったが,1035年ラミロ1世のとき,ナバラ王国から独立してアラゴン王国となる。 76年ナバラと合併して国土回復運動を進め,領土の拡大に努めた。 1137年カタルニャ,1238年バレンシアを合併。 1469年王子フェルナンドはカスティリア王国のイサベルと結婚した。 74年イサベルはイサベル1世としてカスティリア女王となり,79年フェルナンドがフェルナンド2世 (カトリック王) としてアラゴン国王となったとき,両国は合併され,スペインの統一がなった。
引用元:アラゴン王国(アラゴンおうこく)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%B4%E3%83%B3%E7%8E%8B%E5%9B%BD-27738