叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな


お寺の本堂の様子を詠んだ
夏目漱石の句は「叩かれて
昼の◯を吐く木魚かな」?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
か(答)

23%

叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな
(たたかれてひるのかをはくもくぎょかな)
(夏目漱石)

昼だというのにうす暗く静まりかえった寺の本堂で、お坊さんがお経を唱えるために、おもむろに木魚(もくぎょ)を叩(たた)き始めた。すると、木魚の中に潜(ひそ)んでいた蚊が驚いて、慌(あわ)てて木魚の「口」から飛び出し逃げていく。

「ぽくぽく…」という音が鳴り響くと、その拍子に木魚の開けっ放した口の中から一匹の蚊がひょろひょろと逃げ出してゆく、何とも間抜けた情景が思い浮かぶ。漱石らしいユーモラスな句である。(夏・句切れなし)

※蚊(か)… 夏の季語。
※木魚(もくぎょ)… 僧侶が読経(どきょう)の時に叩(たた)いて鳴らす木製の仏具。魚をかたどり、中空で、表にうろこが刻んである。
※木魚かな… 木魚であることよなあ、とおかしみを込めて詠嘆を表している。

※切れ字… 「かな・けり・や」などの語で、①句切れ(文としての意味の切れ目)、②作者の感動の中心を表す。

※たたかれて昼の蚊をはく… 擬人法。叩かれた拍子に、開けっぱなした口からまるで蚊を吐き出すように見えた木魚の様子を、おかしみを込めてたとえている。
※擬人法… 人間ではないものを人間がしたことのように表す比喩表現の一種。「ヒマワリがニコニコと笑っているよ」「救急車が悲鳴を上げている」「光が舞う」などは、人間ではないものごとに人間の動作(動詞)を当てて表現している擬人法の例である。他に、「風のささやき」「山々のあでやかな秋化粧」「冬将軍」「光の舞」など、名詞で表される場合もあるので注意する。

※「漱石俳句集」(大正6年)所収。

※ちなみに江戸時代の句に「叩かれて蚊を吐く昼の木魚かな」(東柳)がある。
引用元:【中学受験 学習用資料 俳句〈3〉(た~は行)】 http://www9.plala.or.jp/juken1/haiku3.htm

叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉     夏目漱石
叩かれて蚊を吐く昼の木魚かな    太田南畝(蜀山人)

 ずにのって、またまた、類似句をあげ、後から作られた漱石の句と良寛の句が好きとコメントした。

裏ちりつ表を散つ紅葉かな        谷木因
うらを見せおもてを見せてちるもみじ    良寛

類似句という言い方にはちょっと安っぽいイメージがつきまとうが、和歌に「本歌取り」があるように、俳句には「挨拶句」という立派なジャンルがある。先人の優れた俳句に対して、後輩が「こんなのはどうですか?」とその先人の句にご挨拶するという趣向である。「挨拶句」とは、いかにも親しい仲間の間で成り立つ「座の文芸」、「言葉遊びの文芸」といわれる俳句にふさわしいジャンルだと思う。

 上の例で言えば、良寛の句は谷木因への挨拶句と見たら、良寛さんのやさしい人柄まで窺われて興趣は増す。漱石の句だって、「南畝さん、こうしたら如何?」と漱石がご挨拶している句とみれば見られないことも無い。

もう少し、挨拶句をあげよう。

葱白く洗ひたてたる寒さかな     松尾芭蕉
易水に葱(ねぶか)流るゝ寒さかな    与謝蕪村
※易水=漢詩の「風蕭々として易水寒し 壮士ひとたび去って復た還らず」をふまえていると思う。

遠山に夕日一すじ時雨かな     与謝蕪村
遠山に日の当りたる枯野かな      高浜虚子

凩の果はありけり海の音         池西言水
海に出て木枯帰るところなし       山口誓子

獺祭忌明治は遠くなりにけり      志賀芥子
降る雪や明治は遠くなりにけり     中村草田男
※獺祭忌=だっさいき、子規の忌日(9/19)。

奈良七重七堂伽藍八重桜       松尾芭蕉
山又山山桜又山桜     阿波野青畝
→ これなどは、類似句に見えないが、「漢字ばかりの句を私もつくりましたよ」という「挨拶句」ととれないこともない。

 このような凄い俳人達の類似句を見ていると、つい、こんな評価順位を考えたくなった。高級なものから順に

挨拶句>類似句>物まね句>盗作

 通常「似たような句だな」と思うのは大抵物まね句でしょうね。
引用元:もの言う翔年(ユリウス):類似句、挨拶句、物まね句 http://ikiiki.livedoor.biz/archives/51165148.html