ひわ『鶸』



1973年に芥川賞を受賞した
三木卓の小説です

ひわ(答)
34%


哺乳類の「カワウソ」は
イタチ科の動物ですが
鳥類の「ウソ」は◯◯◯科の
動物? ◯を答えなさい
アトリ(答)
引用元:「アトリ科」ウソ 鷽 http://seethefun.net/%e7%90%86%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/36213/

みき‐たく【三木卓】

[1935~ ]小説家・詩人。東京の生まれ。本名、富田三樹(みき)。「鶸(ひわ)」で芥川賞受賞。「小噺集」で芸術選奨。他に小説「震える舌」「路地」「裸足と貝殻」、詩集「東京午前三時」「わがキディ・ランド」など。児童文学・評論・翻訳など幅広く活躍。平成11年(1999)紫綬褒章受章。同19年芸術院恩賜賞。
引用元:三木卓(ミキタク)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E4%B8%89%E6%9C%A8%E5%8D%93-637359

三木 卓(みき たく、1935年5月13日 – )は、日本の小説家、詩人、翻訳家。日本芸術院会員。

河出書房就職の後、江東区に居を構える。当時あかね書房編集部の山下明生と知り合い、親交を深める。詩を書き始め、ロシア文学の翻訳を手がけるようになる。1967年に詩集『東京午前三時』でH氏賞、1970年に詩集『わがキディ・ランド』で高見順賞受賞。
その後、小説も書き始め、「ミッドワイフの家」で芥川賞候補になり、1973年に「鶸」で芥川賞受賞し(連作『砲撃のあとで』のうちの一編)、作家として歩み始める。中でも破傷風にかかった娘を描写した初期の中編『震える舌』(1975年)は高く評価され、野村芳太郎によって後に映画化された。
1980年代からは三浦半島のリゾートマンション(横須賀市芦名)に住み、小説を書くようになる(「海辺で」)。1984年に児童文学『ぽたぽた』で野間児童文芸賞、1986年に小説『馭者の秋』で平林たい子文学賞、1989年に小説『小噺集』で芸術選奨文部大臣賞を受賞する。
1994年、心筋梗塞のため死にかけたことから鎌倉市雪ノ下に居を移し、このときの臨死記録をノンフィクション『生還の記』として発表する。その後、1997年に児童文学『イヌのヒロシ』で路傍の石文学賞、同年に小説『路地』で谷崎潤一郎賞、2000年に小説『裸足と貝殻』で読売文学賞、2006年に『北原白秋』で毎日芸術賞、藤村記念歴程賞、蓮如賞をそれぞれ受賞する。2012年に詩人だった妻福井桂子の思い出を綴った私小説『K』を上梓し、伊藤整文学賞を受賞。
引用元:三木卓 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%9C%A8%E5%8D%93

「鶸」の部首・画数・読み方・意味など
部首 鳥 (とり・とりへん)
画数 21画
音読み ジャク
訓読み ひわ
意味 とうまる。大型のにわとり。
[日本] ひわ。アトリ科の鳥。
引用元:「鶸」の部首・画数・読み方・意味など http://kanji.jitenon.jp/kanjih/3831.html

マヒワ
薄いくちばしで木の実を上手に食べる
全長12.5cm。スズメよりずっと小さい小鳥で、全体がほぼ黄色に見えます。尾は魚尾型。オスの頭頂は黒色で体の黄色も鮮やかです。全国に冬鳥として渡来し、山地や低山地、平地に渡ってきて林で見られます。北海道と本州北部の山地の針葉樹林では繁殖するものも少なくありません。スギ、マツ類など針葉樹の小さな種子を食べたり、タンポポ、ヨモギ、マツヨイグサ類の種子などを食べています。1羽でいることは少なくて、群を作る性質の強い鳥です。昔から愛玩用に飼育されてきましたが、現在では認められていません。飼育するとすぐに落ちる(死ぬ)ので弱い鳥として「鶸」(ヒワ)を充てています。
引用元:マヒワ|日本の鳥百科|サントリーの愛鳥活動 http://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/detail/1494.html