かつぜんたいご「豁然大悟」



迷いや疑いがなくなって
真理を悟ること
豁然大悟
かつぜんたいご(答)
27%

読み方 かつぜんたいご
※「かつぜん」は「かつねん」、「たいご」は「だいご」とも読む。
意味 迷いや疑いがなくなって真理を悟ること。
「豁然」はからっと開けるということから、迷いや疑いなどがすっきりと晴れるということ。
「大悟」は悟りを得ること。
出典 『祖庭事苑』
引用元:「豁然大悟」(かつぜんたいご)の意味 http://yoji.jitenon.jp/yojii/4171.html

かつ‐ぜん〔クワツ‐〕【×豁然】

[ト・タル][文][形動タリ]
1 視野が大きく開けるさま。「豁然として眼下に眺望が広がる」
2 心の迷いや疑いが消えるさま。「豁然として悟る」
引用元:豁然(カツゼン)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%B1%81%E7%84%B6-464388

「あらゆる自我意識を捨ててしまうこと」を意味する「身心脱落(しんじんだつらく)」という言葉があります。宗の天童山景徳寺(てんどうざんけいとくじ)で修行していた道元は、この言葉で悟りを開いたといいます。道元がどのように悟りに達したのか、仏教思想家のひろさちやさんに伺いました。

>天童山にいた道元は、ある朝、大勢の僧とともに坐禅をしていました。そのとき、一人の雲水(うんすい)が居眠りをしてしまいます。如浄禅師は彼を叱ってこう言いました。

「参禅はすべからく身心脱落なるべし。只管(しかん)に打睡(だすい)して恁麼(いんも)を為(な)すに堪えんや」

参禅することは「身心脱落」のためである。それなのに、おまえはひたすら居眠りばかりしておる。そんなことで参禅の目的が果たせるというのか。そんな意味の叱声(しっせい)です。そして如浄は彼に警策(けいさく)を与えました。

そのとき、道元はパッとひらめきます。自分に向かって言われたのではない言葉、他の雲水を叱るために如浄禅師が発した言葉が触媒になり、豁然(かつぜん)大悟したのです。
引用元:道元が到達した豁然大悟 | NHKテキストビュー http://textview.jp/post/culture/26993