マレーヴィッチ、カンディンスキー


次のうち
ロシア生まれの画家を
全て選びなさい
クリムト オーストリア
マレーヴィッチ(答)
イヴ・クライン フランス
カンディンスキー(答)
ココシュカ オーストリア
ジャコメッティ スイス
51%

カジミール・セヴェリーノヴィチ・マレーヴィチ(ロシア語: Казимир Северинович Малевич(カズィミール・スィヴィリーノヴィチュ・マリェーヴィチュ);ウクライナ語: Казимір Северинович Малевич(カズィミール・セヴェルィーノヴィチュ・マレーヴィチュ)、1878年2月23日(ユリウス暦2月11日) – 1935年5月15日)は、ウクライナ・ロシア・ソ連の芸術家。特に画家として知られ、戦前に抽象絵画を手掛けた最初の人物である。

概要[編集]
ロシア帝国領ウクライナのキエフ近郊の村に生まれる。両親はポーランド人であり、マレーヴィチにはウクライナ語で話し、ポーランド語で書き、後に習得したロシア語で活動を行うという語学的分裂が生まれたとされる。
1910年頃には、ピカソなどのキュビスムや未来派の強い影響を受けて派生した、色彩を多用しプリミティブな要素を持つ「立体=未来派(クボ・フトゥリズム)」と呼ばれる傾向の作品を制作していた。その後の1910年代半ばに作風は一転し、無対象を主義とする「シュプレマティスム(絶対主義)」に達した。
彼が試みたのは、精神・空間の絶対的自由であり、ヨーロッパのモダニズムと「未来派」はここに「シュプレマティスム」という到達点へ至った。彼は前衛芸術運動「ロシア・アヴァンギャルド」の一翼を担い、純粋に抽象的な理念を追求し描くことに邁進した。作品は『黒の正方形(カンバスに黒い正方形を書いただけの作品)』や『白の上の白(の正方形)』(白く塗った正方形のカンバスの上に、傾けた白い正方形を描いた作品)など、意味を徹底的に排した抽象的作品を追求しており、戦前における抽象絵画の1つの到達点であるとも評価されている。また、その前衛的主張ゆえにロシア構成主義に大きな影響も与えた。
引用元:カジミール・マレーヴィチ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B8%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%81

ワシリー・カンディンスキー(Василий Васильевич Кандинский、Wassily Kandinsky、Vassily Kandinsky[1]、1866年12月4日(ユリウス暦)/12月16日(グレゴリオ暦) – 1944年12月13日)は、ロシア出身の画家であり、美術理論家であった。一般に、抽象絵画の創始者とされる。ドイツ及びフランスでも活躍し、のちに両国の国籍を取得した。
引用元:ワシリー・カンディンスキー – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC