「扶桑」主砲発射で爆風損傷 高層艦橋


レイテ沖海戦で沈没
主砲発射の衝撃で船体にダメージ
日本初の独自設計の超弩級戦艦
ジェンガのような独特の艦橋
金剛
扶桑(答)
山城
霧島
49%


レイテ沖海戦で沈没
日本戦艦初の12.7cm高角砲搭載
西村祥治が艦と共に戦死
扶桑型戦艦の2番艦
山城(答)

連想
レイテ沖海戦で沈没
日本が建造した最後の戦艦
軍艦史上最多の攻撃を受ける
大和型戦艦の2番艦
武蔵(答)

連想
巡洋戦艦から高速戦艦へ改装
南雲機動部隊の護衛艦
第三次ソロモン海戦で沈没
金剛型戦艦の4番艦
霧島(答)

連想
ヴィッカース社が建造
ワシントン軍縮条約で廃艦に
横須賀市に記念館として保存
日本海海戦で連合艦隊の旗艦
三笠(答)

連想
太平洋戦争の海戦
神風特攻隊が突撃
戦艦「武蔵」が沈没
大岡昇平の小説『野火』
レイテ沖海戦(答)

連想
1944年10月の戦い
神風特攻隊が初出撃
栗田艦隊が謎の反転
戦艦「武蔵」が沈没
レイテ沖海戦(答)

レイテ沖海戦(レイテおきかいせん、英語: Battle of Leyte Gulf、日本語: レイテ沖海戦、フィリピン沖海戦【当時の呼称】[注釈 1])は、第二次世界大戦中の1944年10月23日から同25日にかけてフィリピン及びフィリピン周辺海域で発生した、日本海軍とアメリカ海軍・オーストラリア海軍からなる連合国軍との間で交わされた一連の海戦の総称。

>連合軍の作戦名はキングII作戦(Operation KING II[1])でレイテ島奪還が目的、日本側の作戦名は捷一号作戦でアメリカ軍の進攻阻止が目的であった。日本海軍の艦隊戦力はこの海戦での敗北を最後に事実上壊滅し、以後大規模かつ組織的活動が不可能となった。また、この海戦で日本側ははじめて神風特別攻撃隊による攻撃をおこなった。
日本海軍は稼働艦艇の多くの投入を企図するなど総力を挙げ、後の戦闘を見越し陸軍も多数の部隊を配置し、アメリカも太平洋に展開する大半の軍事力(特に海軍)を投じたうえに、同盟国のオーストラリア海軍の支援を得て戦った。その規模の大きさ、戦域が広範囲に及んだことなどから史上最大の海戦とも言われる。
引用元:レイテ沖海戦 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%86%E6%B2%96%E6%B5%B7%E6%88%A6

扶桑(ふそう/ふさう)は、日本海軍の戦艦[3][4][5]。 扶桑型戦艦の1番艦[6]。日本独自の設計による初の超弩級戦艦である。扶桑の由来は日本の古い異名の一つであり[7]、同名を頂く艦としては二代目となる[8](初代扶桑は1879年竣工の装甲フリゲート[9])。 艦内神社は男山八幡宮(石清水八幡宮)および伊勢神宮[10]。

引用元:扶桑 (戦艦) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%B6%E6%A1%91_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

問題点[編集]
扶桑型戦艦は、竣工時世界最大の戦艦で、また初めて排水量が30,000トンを越えた戦艦でもあった。しかし、先に竣工し公試を行っていた扶桑では、大角度変針時の速力低下が大きい事や、建造中から懸念されていたように、主砲発砲時に爆風が全艦を覆い、艦橋等の暴露部分に影響が出るといった問題がある事が発覚していた。[15] なお、1915年(大正4年)に行われた扶桑の砲熕公試[16] 扶桑の檣楼は金剛型と比べると射撃時の激動は小さく、高速航行時の振動も極めて少ないため高所指揮所としては適等な物だとされている。一方で爆風の影響については前部射撃指揮塔では第三砲塔を右艦首55度仰角5度で射撃を行った際の爆風が最も強いとされ、第一砲塔を左船尾側に45度旋回させ仰角20度で射撃を行った際の爆風も大きく、手にしたノートブックと帽子が吹き飛ぶ程であったため瞬時観測が出来なかったとされており、第二砲塔を左船尾45度仰角20度or左船尾55度仰角5度で射撃を行った場合は第一砲塔射撃時程ではないものの爆風の影響で瞬時観測は出来なかったと報告がされている。
引用元:扶桑型戦艦 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%B6%E6%A1%91%E5%9E%8B%E6%88%A6%E8%89%A6

艦橋構造物

初期の戦艦の艦橋は、吹きさらしの橋のような姿(露天艦橋)であったが、しだいに多層化し、外壁や窓をめぐらすようになり、マストと一体化して高くそびえるビルのような姿になった。これを檣楼という。

日本の超弩級戦艦は、マストを芯に多層の艦橋を積み木状に積み上げた、まるで天守閣(海外ではパゴダ・マストと言われる)のような重厚な艦橋構造物を持っており、浮かべる城ともたとえられるその威容から人気が高い。

特に改装後の扶桑型戦艦、とりわけ1番艦の扶桑の艦橋は時に違法建築とまで言われ、その特異な艦容から、日本国外で人気があるという。
引用元:艦橋 (かんきょう)とは【ピクシブ百科事典】 http://dic.pixiv.net/a/%E8%89%A6%E6%A9%8B