『錯乱』池波正太郎


池波正太郎の直木賞
受賞作のタイトルは
『錯乱』である
◯(答)
×『叛乱』
59%

池波 正太郎(いけなみ しょうたろう、1923年(大正12年)1月25日 – 1990年(平成2年)5月3日)は、戦後を代表する時代小説・歴史小説作家。『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』『真田太平記』など、戦国・江戸時代を舞台にした時代小説を次々に発表する傍ら、美食家・映画評論家としても著名であった。

1960年(昭和35年)、「オール讀物」6月号に発表した『錯乱』によって直木賞(上期)を受賞した。長谷川はわがことのように喜び、正太郎も年少の頃からの愛読者であった大佛次郎から賞を手渡された。受賞後数年のうちに『清水一角』『加賀騒動』などの脚本を書くほか、『北海の男』(「オール讀物」60年10月号)、『鬼坊主の女』(「週刊大衆」同年11月7日号)、『卜伝最後の旅』(「別冊小説新潮」61年1月号)、『色』(「オール讀物」同年8月号)、『火消しの殿』(「別冊小説新潮」62年1月号)、『人斬り半次郎』(「アサヒ芸能」同年10月28日号~64年1月26日号)、『あばた又十郎』(「推理ストリー」63年1月号)、『さむらいの巣』(「文芸朝日」同年6月号)、『幕末新撰組』(「地上」同年1月号~64年3月号)、『幕末遊撃隊』(「週刊読売」同年8月4日号~12月29日号)など初期の代表作となる小説を次々と発表し、このうち『色』は『維新の篝火』(1961年)の題名で映画化された。一方で劇作家としては1963年(昭和38年)に新国劇のために子母沢寛原作『おとこ鷹』の脚色を行ったのち、しばらく演劇界・新国劇との関係を断ち、小説に専念するようになった。新国劇のありかたへの疑問や正太郎の一徹さからくる周囲との齟齬が原因であった。同年6月11日、長谷川伸が没したが、同時にこれを契機として二十六日会・新鷹会などを脱会。以後はいかなる団体にも属さず執筆をつづけた。
引用元:池波正太郎 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E6%B3%A2%E6%AD%A3%E5%A4%AA%E9%83%8E

サクラン シュンヨウブンコ
春陽文庫
錯乱

池波正太郎【著】
春陽堂書店
1996/05/10出版
224p 15cm(A6)
新装版
ISBN:9784394121022 (4394121027)

信州松代十万石の藩士堀平五郎は、武骨だが諸事円満な性情で、将棋の駒づくりを唯一の趣味にする、妻女久仁との間には息子がひとりという平凡な人好きのする人物であった。
藩祖真田信之にも好かれていたが、一大事が出来した。
現藩主の信政が卒倒し、城下は騒然となった。
卒倒三日後、信政は没した。
死の床にあって信政を悩ましたのは、暴君型の甥、分家の信利の存在であった。
はたして愛児への家督は無事に許されるのか…。
堀平五郎の目は異様な鋭い光を放っていた。
(「錯乱」)―第四十三回直木賞受賞作「錯乱」の他、百姓娘に欲情した信州上田藩士を描く「碁盤の首」、松代藩内抗争事件を描く「刺客」、夜ごと男女交合秘図描きに没頭する火付盗賊改めを描く「秘図」、そして薩摩藩の暴れ者中村半次郎を描く「賊将」の四編を収めた傑作短編集。
引用元:BookWebPro 和書検索 http://bookwebpro.kinokuniya.co.jp/wshosea.cgi?W-NIPS=9960304361&REFERER=0