『絶対矛盾的自己同一』


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西田 幾多郎(にしだ きたろう、1870年5月19日〈明治3年4月19日〉 – 1945年〈昭和20年〉6月7日)は、日本を代表する哲学者。京都大学教授、名誉教授。京都学派の創始者。学位は文学博士(京都大学・1913年)。
同郷の鈴木大拙(本名:貞太郎)、山本良吉、藤岡作太郎とは石川県専門学校(第四高等中学校の前身、のちの第四高等学校)以来の友人であり、西田、鈴木、藤岡の三人は「加賀の三太郎」と称された。石川県の女生徒として最初の帝国大学生(東北帝国大学)となった高橋ふみは西田の姪で、西田の論文をドイツ語に訳した。

思想[編集]
西田の哲学体系は西田哲学と呼ばれる。
郷里に近い国泰寺での参禅経験(居士号は寸心)と近代哲学を基礎に、仏教思想、西洋哲学をより根本的な地点から融合させようとした。その思索は禅仏教の「無の境地」を哲学論理化した純粋経験論から、その純粋経験を自覚する事によって自己発展していく自覚論、そして、その自覚など、意識の存在する場としての場の論理論、最終的にその場が宗教的・道徳的に統合される絶対矛盾的自己同一論へと展開していった。一方で、一見するだけでは年代的に思想が展開されているように見えながら、西田は最初期から最晩年まで同じ地点を様々な角度で眺めていた、と解釈する見方もあり、現在では研究者(特に禅関係)の間でかなり広く受け入れられている。
最晩年に示された「絶対矛盾的自己同一」は、哲学用語と言うより宗教用語のように崇められたり、逆に厳しく批判されたりした。その要旨は「過去と未来とが現在において互いに否定しあいながらも結びついて、現在から現在へと働いていく」、あるいは、鈴木大拙の「即非の論理」(「Aは非Aであり、それによってまさにAである」という金剛経に通底する思想)を西洋哲学の中で捉え直した「場所的論理」(「自己は自己を否定するところにおいて真の自己である」)とも言われている。
引用元:西田幾多郎 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E7%94%B0%E5%B9%BE%E5%A4%9A%E9%83%8E

絶対矛盾的自己同一

西田幾多郎

 現実の世界とは物と物との相働く世界でなければならない。現実の形は物と物との相互関係と考えられる、相働くことによって出来た結果と考えられる。しかし物が働くということは、物が自己自身を否定することでなければならない、物というものがなくなって行くことでなければならない。物と物とが相働くことによって一つの世界を形成するということは、逆に物が一つの世界の部分と考えられることでなければならない。例えば、物が空間において相働くということは、物が空間的ということでなければならない。その極、物理的空間という如きものを考えれば、物力は空間的なるものの変化とも考えられる。しかし物が何処(どこ)までも全体的一の部分として考えられるということは、働く物というものがなくなることであり、世界が静止的となることであり、現実というものがなくなることである。現実の世界は何処までも多の一でなければならない、個物と個物との相互限定の世界でなければならない。故に私は現実の世界は絶対矛盾的自己同一というのである。
引用元:絶対矛盾的自己同一 http://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/1755.html

IIIには,「絶対矛盾的自己同一」など,最晩年の六年間に書かれた論文より五篇を集録.表題作は,直観と反省の内的結合としての自覚の立場から,「私と汝」「個は個に対して個」という著者の一貫して追求した問題が究極的に提示される.このように孜々として思索を深めてきた西田は,敗戦間近の一九四五年六月に死去.
引用元:西田幾多郎哲学論集 III – 岩波書店 https://www.iwanami.co.jp/book/b246057.html