全真教「王重陽」「白雲観」 白蓮教「紅巾の乱」「弥勒下生」「白蓮教徒の乱」

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中国の宗教団体
本山は北京にある白雲観
道教の二大教派の一つ
12世紀に王重陽が結成
全真教(答)
白蓮教
五斗米道
正一教
44%

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中国の宗教団体
元末期に紅巾の乱を起こす
弥勒仏の信仰
清の時代に大規模な反乱
正一教 しょういつきょう
全真教
白蓮教(答)びゃくれんきょう
五斗米道


中国の宗教団体
現在の名前は「正一教」
後漢時代に張陵が結成
信者からの寄進物に由来
五斗米道(答)

全真教(ぜんしんきょう)は、金の支配下にあった中国の華北の人、王重陽(1112年 – 1170年)が開いた道教の一派である。七真人と呼ばれる七人の開祖の高弟たちが教勢の拡大に努め、次第に教団としての体制を整えていった。

>開祖王重陽は山東地方で弟子を取り、厳しい教導をして高弟を育てながら、一般に向けた活動を成功させ、大定十年(1170年)正月に没した。三年の喪があけたのち、弟子たちは自らの修行目標を言って四方に分かれて修行と弘教に努めた。最年長でもっとも修行を積んでいた馬丹陽が全真教の興廃を一身に背負って陝西省の各地で基盤を築くことに努力を重ねた。それが実って徐々に全真教が知られるようになった。

>なお、北京で有名な道観である白雲観は、全真教の本山的な位置にある道観である。
引用元:全真教 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E7%9C%9F%E6%95%99

白雲観(はくうんかん、びゃくうんかん)は、中華人民共和国北京市の西便門外約1kmにある道観(道教寺院)である。道教の二大教派の一つである全真教の本山(根本道場)である。
引用元:白雲観 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%9B%B2%E8%A6%B3

正一教(しょういつきょう)は、道教の宗派の一つ。現在の道教の教派は全真教(全眞敎)と正一教の二つに大別されて考えられている。日本語読みの問題ではあるが、道教は儒教と共に中国で起こった宗教であるため、漢音読みをする習慣がある。例えば、「道教経典」も「どうきょうけいてん」と読む場合がある。同様に、正一教の読みに対しても、「せいいちきょう」または「せいいつきょう」と読む場合がある。
引用元:正一教 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E4%B8%80%E6%95%99

白蓮教(びゃくれんきょう)は、中国に南宋代から清代まで存在した宗教。本来は東晋の廬山慧遠の白蓮社に淵源を持ち、浄土教結社(白蓮宗)であったが、弥勒下生を願う反体制集団へと変貌を遂げた。
>元末、政治混乱が大きくなると白蓮教の勢力は拡大し、ついに韓山童を首領とした元に対する大規模な反乱を起こした。これは目印として紅い布を付けた事から紅巾の乱とも呼ばれる。
明の太祖朱元璋も当初は白蓮教徒だったが、元を追い落とし皇帝となると一転して白蓮教を危険視し、これを弾圧した。朱元璋が最初から白蓮教をただ利用する目的だったのか、あるいは最初は本気で信仰していたが皇帝となって変質したのか、真偽のほどは不明である[注釈 1]。
その後も白蓮教は革命を望む民衆の間で信仰され続け、異民族支配に反抗する秘密結社の紐帯となっていた。清の乾隆 – 嘉慶期には大規模な反乱を起こしたが(白蓮教徒の乱)、1813年の天理教徒の乱を最後に沈静化した。
引用元: 白蓮教 – Wikipedia.

紅巾の乱(こうきんのらん, 1351年 – 1366年)は、中国元末期の1351年(至正11年)に起こった宗教的農民反乱。白蓮教を紐帯とし、目印として紅い布を付けた事からこの名がある。反乱軍は紅巾賊または白蓮教徒が弥勒に焼香をするため香軍と呼ばれる。この大乱の中から明の太祖朱元璋が登場することとなる。
引用元: 紅巾の乱 – Wikipedia.

正一教
しょういっきょう
Zheng-yi-jiao
道教教団の一派五斗米道 (天師道) の元代以降の公称。正乙教とも書く。元の初代皇帝,世祖フビライ・ハンは,江南を平定すると,至元 13 (1276) 年に竜虎山の第 36代張宗演を嗣漢天師に封じ,天師道を公式には正一教と称させ,江南一帯の道教を掌握させることになった。
引用元: 正一教 とは – コトバンク.

ぜんしんきょう【全真教】
 中国,金代,華北地方に成立した道教の一派。王嚞(おうてつ)の創唱。儒仏道三教の一致を説き,また,座禅を取り入れるなど禅宗に近い宗教的実践を重視する。元の王室と結びついて飛躍的に発展。明代以降,次第に衰えた。金蓮正宗。
引用元: 全真教 とは – コトバンク.

ごとべいどう【五斗米道】
 中国,後漢末,張陵(ちようりよう)が蜀(しよく)(四川省)で創始した宗教。また,その教団。祈禱(きとう)による治病を主とし,入門の謝礼に米五斗を出させた。孫の張魯(ちようろ)の時,一種の宗教王国を形成したが,215年曹操に降服した。その子孫は江西に移り代々張天師と称した。のちに道教の正一教(しよういつきよう)となる。太平道とともに道教の源流をなす。天師(てんし)道。
引用元: 五斗米道 とは – コトバンク.