「クラーモント号」世界初の商業蒸気船


1807年にロバート・フルソンが
ハドソン川で世界初の定期航行
を始めた蒸気船の名前は
◯◯◯◯◯◯号?
トンーモデ
ィゼクラバ
クラーモント(答)
「クラーモント号」
27%

クラーモント号
くらーもんとごう
Clermont

アメリカで建造された最初の蒸気船。商業用として世界で最初に成功した蒸気船としても有名。1807年春、ニューヨークのチャールズ・ブラウン造船所で建造。長さ40.5メートル、幅5.4メートル、レシプロ式蒸気機関をもった木造船である。技師ロバート・フルトンの持ち船で、1807年8月17日に外輪推進方式によってハドソン川をニューヨークからオルバニーまで241キロメートルを32時間で遡航(そこう)した。平均速力4ノットを出し実用汽船の最初のものとなった。[茂在寅男]
引用元:クラーモント号(クラーモントごう)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E5%8F%B7-56598

フルトン(Robert Fulton)
ふるとん
Robert Fulton
(1765―1815)

アメリカにおける汽船開発の先駆者。ペンシルベニア州リトル・ブリテン(現、フルトン)の農家に生まれる。3歳のとき父を失い、独学で絵画・機械学や数学を修得し、17歳のときフィラデルフィアでデザイナーとして働いた。1786年ロンドンに渡り、1793年ごろまでB・ウェストの弟子として絵を描いていたが、ブリッジウォーター公3rd Duke of Bridgewater(1736―1803)、スタンホープ伯と知り合いになり、運河や船舶の改良に関して相談に応じるなどした。1796年『運河航行の改良論』を著し、その計画をデー川で採用、実施させた。のちにこの計画をパリからディエップまでの運河に実施するために、1797年から1806年までフランスに滞在し、その間に潜水艇および水雷艇の実験を行った。ナポレオンの援助を得て1801年に実験に成功した潜水艇ノーチラス号がそれである。また汽船航行に関心をもつフランス駐在アメリカ大使リビングストンRobert R. Livingston(1746―1813)の援助で1803年セーヌ川で汽船の実験を試みた。1806年アメリカに戻り翌1807年8月、外車汽船クラーモント号を進水させ、ハドソン川のニューヨーク―オルバニー間に定期航行させた。この船の機関はバーミンガムのボールトン・ワット商会製で、船の長さは40.5メートル、幅5.48メートル、煙突の高さ9.14メートルというものであった。フルトンは汽船の最初の発明者ではないが、汽船河航を初めて商業的に実現させた先駆者である。[山崎俊雄]
引用元:フルトン(ふるとん)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3(Robert+Fulton)-1587096

ロバート・フルトン(Robert Fulton、1765年11月14日 – 1815年2月24日)はアメリカ合衆国の技術者で発明家である。
世界初の潜水艦であるノーティラスを設計したり、ハドソン川で蒸気船の実験と実用化に成功したことでも有名である。
1810年頃作成した機雷は最初の係維式触角機雷で、最初の近代的機雷といわれている。
引用元:ロバート・フルトン – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3