第1回三頭政治「カエサル」「ポンペイウス」「クラッスス」

089bgifgeeyqzs
次の古代ローマの政治家を
行った政治体制ごとに
グループ分けしなさい

第1回三頭政治第2回三頭政治
レピドゥス
オクタビアヌス
ポンペイウス
カエサル
アントニウス
クラッスス

54%

前1世紀、共和政ローマ末期のカエサルらによる寡頭政治。

前60年、カエサル・ポンペイウス・クラッススの有力三者が、争いを止め、協力態勢をとった政治同盟のこと。元老院の合議制というローマ共和政の原則の前に、完全な独裁権を実現できず、有力者が私的な盟約を結び、元老院に対抗しようとしたもの。カエサルは将軍、ポンペイウスは軍人で政治家、クラッススは富豪として、それぞれ人気があったが、まだ互いの名声に依存しなければならなかった。また、カエサルはガリア、ポンペイウスはスペイン、クラッススはシリアというそれぞれの勢力圏を持っていた。前53年のクラッススの戦死をきっかけに、カエサル・ポンペイウス間に亀裂が入り、前49年解体する。 
引用元:第1回三頭政治 http://www.y-history.net/appendix/wh0103-055.html

前1世紀後半、カエサル死後のローマにおけるカエサルの後継者による争い。

カエサル・ポンペイウス・クラッススの第1回三頭政治についで、ローマ共和政末期に出現した、有力三者の妥協による政治同盟。前43年、カエサルの部将アントニウスと、カエサルの養子オクタウィアヌスが、カエサルの部将レピドゥスを仲介役として妥協が成立、アントニウスはエジプト・ギリシア・西アジアを、レピドゥスはアフリカを、オクタウィアヌスはヨーロッパをそれぞれ支配することとなった。
引用元:第2回三頭政治 http://www.y-history.net/appendix/wh0103-062.html

年号とは関係ないですが、三頭政治の覚え方

覚え方は、ポンくらカエサル、あんこ送れ

ポン…ポンペイウス
くら…クラッスス
カエサル…もちろんカエサル

あん…アントニウス
おく…オクタヴィアヌス
れ…レピドゥス

三頭政治(前60、前43)…群れ(60)る三頭政治、帝政示唆(43)
※第1回が、前60年。第2回が、前43年
引用元:世界史の勉強方法 part3 -語呂合わせ(講義part1~50)- : 世界史サロン http://world-history.blog.jp/archives/7523910.html