すすきだかねすけ「薄田兼相」歌舞伎・講談の英雄岩見重太郎説もある武将

380dwevqytgylr
岩見重太郎と同一視されることも
ある大阪夏の陣で戦士した武将
薄田兼相
すすきだかねすけ(答)
-%

薄田 兼相(すすきだ かねすけ、? – 慶長20年5月6日(1615年6月2日))は、戦国時代から江戸時代初期の武将である。通称は隼人正。豊臣秀頼に仕えた。仇討ちや狒々退治の伝説で知られる武芸者・岩見重太郎と同一視される。

>夏の陣の道明寺の戦いにおいては、霧の発生により先陣の後藤基次の到着から8時間以上も到着が遅れ、直前に基次を討死させてしまう。そこで陣頭指揮を取り、乱戦の中で自ら何人もの敵兵を倒したが、討死を遂げたといわれている。討ち取ったのは水野勝成の家臣・河村重長、本多忠政勢、伊達政宗家臣の片倉重長勢などそれぞれの家臣の説があり、はっきりしない。

>薄田兼相の前身が岩見重太郎であるという説は有名である。それによるならば、小早川隆景の剣術指南役・岩見重左衛門の二男として誕生したが、父は同僚の広瀬軍蔵によって殺害されたため、その敵討ちのために各地を旅したとされる。その道中で化け物退治をはじめとする数々の武勇談を打ち立て、天正18年(1590年)天橋立にてついに広瀬を討ち果たした。その後、叔父の薄田七左衛門の養子となったとされる。
引用元:薄田兼相 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%84%E7%94%B0%E5%85%BC%E7%9B%B8

岩見重太郎
いわみじゅうたろう

生没年不詳。桃山時代の豪傑。筑前(ちくぜん)(福岡県)小早川(こばやかわ)家の臣岩見重兵衛の子で、父の敵(かたき)広瀬軍蔵を討ったのち豊臣(とよとみ)家に仕え、1615年(元和1)の大坂夏の陣で討ち死にしたという。同じ戦で勇名を得た薄田隼人兼相(すすきだはやとかねすけ)と同一視する説もあるが信用はできない。講談や読本(よみほん)(『岩見英雄録』など)には、天橋立(あまのはしだて)で仇討(あだうち)をするまで諸国を武者修行し、ヒヒや山賊を退治する豪傑として活躍、歌舞伎(かぶき)にも扱われている。[松井俊諭]
引用元:岩見重太郎(いわみじゅうたろう)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%B2%A9%E8%A6%8B%E9%87%8D%E5%A4%AA%E9%83%8E-32734

薄 [意味]
物の上下の面がすれすれにくっついているさま。転じて、平らで、厚さが少ない。 厚みが少なく、かさが少ない。転じて、物事の程度が少ない。味・色・密度・濃度などの程度が少ない。土地がやせている。粗末な。量をへらし、厚みを少なくする。また、軽んずる。軽んずる。 せまる。草木がびっしりとくっついて生える。間をあけず、すれすれにくっつく。金属のうすいまく。まぶし。蚕に繭をつくらせるためのうすい竹製のすだれ板。ここに。 (ハ)味がうすくてまずいさま。 すいき。草の名。秋の七草の一つ。おばな。

部首
艸(くさ) 艹・艸(くさかんむり)
画数
16 (その他の16画の漢字)
音読み
ハク バク
訓読み
うすい うすめる うすまる うすらぐ うすれる すすき
他の読み
いたる うす すすき
引用元:薄(ハク,バク,うすい,うすめる,うすまる,うすらぐ,うすれる,すすき,いたる,うす,すすき)の意味や読み,薄を含む%sの名前 (男の子/女の子件) | みんなの名前辞典 – ここの姓名判断/名前占いはよく当たる! 素敵な名前を探そう