「隆平永宝」「富寿神宝」「長年大宝」

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奈良時代から平安時代にかけて
使用された次の貨幣を
発行された順に選びなさい
隆平永宝
富寿神宝
長年大宝
40%


古代に鋳造された12種類の銅銭「皇朝十二銭」の次の貨幣を鋳造されたのが早い順に選びなさい
和同開珎 わどうかいほう
万年通宝 まんねんつうほう
神功開宝 じんごうかいほう
隆平永宝 りゅうへいえいほう
富寿神宝 ふじゅしんぽう
承和昌宝 しょうわしょうほう
長年大宝 ちょうねんたいほう
饒益神宝 にょうやくしんぽう
貞観永宝 じょうがんえいほう
寛平大宝 かんぴょうたいほう
延喜通宝 えんぎつうほう
乾元大宝 けんげんたいほう

ゴロ
「和とまじり不死鳥に浄化縁起顕現」

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17世紀の初め頃
伊勢国の商人たちの間で
使用され始めたとされている
日本最古の紙幣は○○羽書?
中村
山田
松岡
山田(答)
「山田羽書」やまだはがき

 (1) 和同開珎 [わどうかいほう(ちん)]
(2) 萬年通宝 [まんねんつうほう]
(3) 神功開宝 [じんごうかいほう]
(4) 隆平永宝 [りゅうへいえいほう]
(5) 富壽神宝 [ふじゅしんぽう]
(6) 承和昌宝 [しょうわしょうほう]
(7) 長年大宝 [ちょうねんたいほう]
(8) 饒益神宝 [にょうやくしんぽう]
(9) 貞観永宝 [じょうがんえいほう]
(10) 寛平大宝 [かんぴょうたいほう]
(11) 延喜通宝 [えんぎつうほう]
(12) 乾元大宝 [けんげんたいほう]

>唐の時代には、日本から遣唐使がしばしば派遣されて、中国文化が盛んに輸入されるようになり、それと同時にお金の造り方も伝えられました。そして、慶雲5年(708年)に武蔵の秩父郡ではじめて多量の銅が発見されたので、年号を和銅と改め、唐の開元通宝(かいげんつうほう)を手本にして、銀銭と銅銭の和同開珎(わどうかいほう[ちん])が律令国家によって造られました。これが日本最古の法定貨幣となりました。しかし、当時の一般社会の人達はお金を使うことに慣れておらず、一部の上層階級だけしか流通しなかったので、朝廷では銭を使うことを奨励するために、銭を蓄えた者には位を授け、納税は銭で納めることをすすめ、また旅人には、銭を携帯させたり、官吏の俸給を銭で支給するなど、各種の奨励策を講じました。ところが鋳造方法は幼稚で、模造し易く、偽造する者が多くなったので、銭文を次々と変えて改鋳し、和同開珎が鋳造されてから平安中期の天徳2年(958年)に、乾元大宝ができるまで250年の間には12種類の銅銭が造られました。
  和同開珎・萬年通宝・神功開宝・隆平永宝・富壽神宝・承和昌宝・
  長年大宝・饒益神宝・貞観永宝・寛平大宝・延喜通宝・乾元大宝

これを皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)といいます。
引用元:皇朝12銭 | 三菱東京UFJ銀行 http://www.bk.mufg.jp/csr/contribution/kids/gallery/tenji1_4.html

皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)とは、708年(和銅元年)から963年(応和3年)にかけて、日本で鋳造された12種類の銅銭の総称である。本朝十二銭(ほんちょうじゅうにせん)、皇朝十二文銭(こうちょうじゅうにもんせん)とも呼ばれる。また、「皇朝」の語を避けて古代銭貨の名称を用いる研究者もいる[1]。

>皇朝十二銭は、以下の12種類である。
和同開珎 708年(和銅元年)
万年通宝(萬年通寳) 760年(天平宝字4年)
神功開宝(神功開寳) 765年(天平神護元年)
隆平永宝(隆平永寳) 796年(延暦15年)
富寿神宝(富壽神寳) 818年(弘仁9年)
承和昌宝(承和昌寳) 835年(承和2年)
長年大宝(長年大寳) 848年(嘉祥元年)
饒益神宝(饒益神寳) 859年(貞観元年)
貞観永宝(貞観永寳) 870年(貞観12年)
寛平大宝(寛平大寳) 890年(寛平2年)
延喜通宝(延喜通寳) 907年(延喜7年)
乾元大宝(乹元大寳) 958年(天徳2年)
引用元:皇朝十二銭 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E6%9C%9D%E5%8D%81%E4%BA%8C%E9%8A%AD

皇朝十二銭
こうちょうじゅうにせん

日本古代において律令(りつりょう)政府が発行した12種の銅銭の総称。和同開珎(わどうかいちん)、万年通宝(まんねんつうほう)、神功開宝(じんぐうかいほう)、隆平永宝(りゅうへいえいほう)、富寿神宝(ふじゅしんぽう)、承和昌宝(じょうわしょうほう)、長年大宝(ちょうねんたいほう)、饒益神宝(じょうえきしんぽう/にょうやくしんぽう)、貞観永宝(じょうがんえいほう)、寛平大宝(かんぴょうたいほう)、延喜通宝(えんぎつうほう)、乾元大宝(けんげんたいほう)の12銭をさす。律令政府はこれ以外にも、銀銭の和同開珎、大平元宝(たいへいげんぽう)、金銭の開基勝宝(かいきしょうほう)を発行しており、また1998年(平成10)に奈良県明日香(あすか)村から多く出土した富本銭(7世紀後半)を入れると合計16種の銭が発行されたことになる。
引用元:皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%9A%87%E6%9C%9D%E5%8D%81%E4%BA%8C%E9%8A%AD-62746

羽書(はがき)とは、近世の伊勢国において民間が発行した紙幣の1種。慶長15年(1610年)に伊勢山田で出された山田羽書(やまだはがき)が現存最古で「日本最古の紙幣」とする説もある。世界初の紙幣の宋代に鉄銭の預り証として発行された交子に次いで古い紙幣とされる。
引用元:羽書 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E6%9B%B8