「月見れば」大江千里「有明の」壬生忠岑「わびぬれば」元良親王

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次の『小倉百人一首』に
収められた和歌の最初の部分と
その作者の、正しい組み合わせを
選びなさい
月みれば千々に物こそ───大江千里
有明のつれなくみえし───壬生忠岑
わびぬれば今はた同じ───元良親王
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大江 千里(おおえ の ちさと、生没年不詳)は、平安時代前期の貴族・歌人。参議・大江音人の子。一説では従四位下・大江玉淵の子。官位は正五位下[1]・式部権大輔[2]。中古三十六歌仙の一人。
>小倉百人一首
23番 月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど(『古今和歌集』秋上193)
引用元:大江千里 (歌人) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%8D%83%E9%87%8C_(%E6%AD%8C%E4%BA%BA)

【今回の歌】

   月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ
    わが身一つの 秋にはあらねど

          大江千里(23番) 『古今集』秋上・193

■□■ 現代語訳 ■□■
  
  月を見ると、あれこれきりもなく物事が悲しく思われる。私一
 人だけに訪れた秋ではないのだけれど。
 
■□■ ことば ■□■

 【月みれば】
 「月を見ると」という意味。「みれば」は確定条件を表します。
 【ちぢにものこそ悲しけれ】
 「ちぢ(千々)に」は「さまざまに」だとか「際限なく」という
 意味で、下の句の「一つ」と対をなす言葉です。「もの」は「自
 分をとりまくさまざまな物事」ということです。「悲しけれ」は
 係助詞「こそ」を結ぶ形容詞の已然形です。
 【わが身一つの】
 「私一人だけの」という意味で、本来なら「一人の」ですが、上
 の句の「千々に」と照応させるために、「ひとつ」になっていま
 す。
 【秋にはあらねど】
 秋ではないけれども、という意味。上の句と下の句で倒置法が使
 われています。「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で、「ど」
 は逆接の接続助詞です。
引用元:【百人一首講座】月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど─大江千里 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】 http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/023.html

壬生 忠岑(みぶ の ただみね)は、平安時代前期の歌人。三十六歌仙の一人。

代表歌[編集]
春立つといふばかりにやみ吉野の山も霞みてけさは見ゆらむ(拾遺・巻頭歌)
風吹けば峰にわかるる白雲の絶えてつれなき君が心か(古今・恋二・601)
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし(古今・恋三・625)
春日野の雪間を分けて生き出てくる草のはつかに見えし君はも (古今和歌集巻十一,今昔秀歌百撰 29,選者:荻野了子(東京大學大學院生)
引用元:壬生忠岑 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AC%E7%94%9F%E5%BF%A0%E5%B2%91

 【今回の歌】

  有明の つれなく見えし 別れより
   暁(あかつき)ばかり 憂(う)きものはなし

            壬生忠岑(30番) 『古今集』恋・625

■□■ 現代語訳 ■□■
  
  有明の月は冷ややかでそっけなく見えた。相手の女にも冷たく
 帰りをせかされた。その時から私には、夜明け前の暁ほど憂鬱で
 辛く感じる時はないのだ。
 
■□■ ことば ■□■

 【有明(ありあけ)の】
 十六夜以降、おおむね二十夜以降の、明け方まで空に残っている
 月のことです。
 【つれなく見えし】
 「つれなく」は形容詞「つれなし」の連用形で「冷淡だ」などの
 意味です。そのまま「つれない」で現代でも意味は通じます。
 「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、過去の女との別れを回
 想しています。
 また、月のつれなさと別れた女のつれなさを重ねています。
 【別れより】
 「より」は時間の起点を表す格助詞で、「その時から」という意
 味になり、現在までの時間の経過を表しています。
 【暁(あかつき)ばかり】
 「暁(あかつき)」は夜明け前のまだ暗いうちのことです。「ば
 かり」は後の「なし」と組み合わせて、「~ほど、~なものはな
 い」という意味になります。
 【憂(う)きものはなし】
 「憂き」は形容詞「憂し」の連体形で「つらい」「憂鬱な」とい
 う意味です。「夜明け前ほど、憂鬱な時間はない」という意味に
 なります。
引用元:【百人一首講座】有明のつれなく見えし別れより 暁ばかりうきものはなし─壬生忠岑 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】 http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/030.html

元良親王(もとよししんのう、890年(寛平2年) – 943年9月3日(天慶6年7月26日))は、平安時代中期の皇族、歌人。三品兵部卿にまで昇った。
陽成天皇の第2皇子で、父帝の譲位後に生まれた。母は藤原遠長の娘。同母弟に元平親王。異母兄は源清蔭。妻室には、神祇伯藤原邦隆女・修子内親王(醍醐天皇皇女)・誨子内親王(宇多天皇皇女)らがいる。子に佐材王・佐時王・佐頼王・佐兼王・源佐芸・源佐平・源佐親らがいた。
引用元:元良親王 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E8%89%AF%E8%A6%AA%E7%8E%8B

 【今回の歌】

  わびぬれば 今はた同じ 難波(なには)なる
   みをつくしても 逢はむとぞ思ふ

          元良親王(20番) 『後選集』恋・961

■□■ 現代語訳 ■□■
  
  これほど思い悩んでしまったのだから、今はどうなっても同じ
 ことだ。難波の海に差してある澪漂ではないが、この身を滅ぼし
 てもあなたに逢いたいと思う。
 
■□■ ことば ■□■

 【わびぬれば】
 「わび」は動詞「わぶ」の連用形で「想いわずらい悩む」という
 意味です。行き詰まった気持ちを表しています。
 【今はた同じ】
 「はた」は「また」という意味の副詞で、「今となっては同じこ
 とだ」という意味になります。
 【難波なる】
 「なり」は存在を表す助動詞で、「難波にある」という意味です。
 「難波」は現在の大阪府。
 【みをつくしても】
 「澪漂(みおつくし)」と「身を尽くす」の掛詞です。澪漂は海
 に建てられた船用の標識で、大阪市の市章と同じ形。「身を尽く
 し」は「身を滅ぼす」という意味です。
 【逢はむとぞ思ふ】
 「む」は意思の助動詞で、「思ふ」は係助詞「ぞ」の係り結びで
 連体形になります。
引用元:【百人一首講座】わびぬれば今はた同じ難波なる 身をつくしても逢はむとぞ思ふ─元良親王 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】 http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/020.html