「上円下方墳」近代以降の皇室の陵墓

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明治天皇、大正天皇、昭和天皇の
墓に共通する形式は?
後方前円墳
下円上方墳
円墳
上円下方墳(答)
32%

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引用元:111476.jpg (640×480) https://kotobank.jp/image/dictionary/daijisen/media/111476.jpg
引用元:古墳(こふん)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%8F%A4%E5%A2%B3-65960

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乙女山古墳などに代表されるのは
「◯◯貝型古墳」?
ほたて(答)
「帆立貝形古墳」
引用元:「帆立貝形古墳」乙女山(おとめやま)古墳などの古墳の一形式 「箸墓古墳」卑弥呼の墓説もある纒向(まきむ)遺跡内の古墳 http://seethefun.net/%e6%96%87%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/13705/

上円下方墳(じょうえんかほうふん)とは日本列島でかつて築造された古墳の一類型、及び近代に築造された皇室の陵墓の一形式である。
>この形式の古墳は二段になっており、下段が方形、上段が円形となっている。極めて稀な形態であり、これまでに6例しか確認されていない。
最初にこの形式が確認されたのは石のカラト古墳[1](カザハヒ古墳、風灰古墳とも。奈良県奈良市・京都府相楽郡木津町、7世紀末あるいは8世紀初頭築造と推定)で、1979年(昭和54年)に発掘調査が行われている。
>この陵墓の形式は近代以降の皇室の陵墓にも採用されており、明治天皇の伏見桃山陵、大正天皇の多摩陵、昭和天皇の武蔵野陵がこの形式である。なお、明治・大正・昭和の天皇陵の型式を上円下方墳としたのは、天智陵(御廟野古墳)・舒明陵(段ノ塚古墳)を上円下方墳とみて、それに習ったものである[8]。ただし近年の調査結果により、それらの古代天皇陵は実際には八角墳(上八角下方墳)であったことが明らかになっている。
引用元:上円下方墳 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%86%86%E4%B8%8B%E6%96%B9%E5%A2%B3