『小説総論』二葉亭四迷 『小説神髄』から展開した評論 「凡そ形(フホーム)あれば茲に意(アイデア)あり。」

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小説で描くべきことを説いた
明治の作家・坪内逍遥の
文芸評論は『小説神髄』ですが

それに影響を受けた作家の
二葉亭四迷が書いた文芸評論は
『小説◯◯』?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
そうろん(答)
『小説総論』
41%

『小説総論』(しょうせつそうろん)は、二葉亭四迷の文芸評論。1886年(明治19年)、「中央学術雑誌」に発表。
坪内逍遥に影響を受け、さらに批判的に内容を深め『小説神髄』の欠点を補う。非常に短いが日本の近代小説成立の上で『小説神髄』と並んで重要な評論。
形(フォーム)と意(アイデア)の2つの用語を使って小説を整理した。小説は浮世の様々な形を描くことで意を直接に表現すべきものであるとしてリアリズムを主張し、作為的に善悪の二極を設定する勧善懲悪の物語を批判した。また、いたずらに形のみを描いて意を描けていない小説は下手であるとして、形に対する意の優位を示している。
引用元:小説総論 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E7%B7%8F%E8%AB%96

人物の善悪を定めんには我に極美(アイデアル)なかるべからず。小説の是非を評せんには我に定義なかる可らず。されば今書生気質の批評をせんにも予め主人の小説本義を御風聴して置かねばならず。本義などという者は到底面白きものならねば読むお方にも退屈なれば書く主人にも迷惑千万、結句ない方がましかも知らねど、是も事の順序なれば全く省く訳にもゆかず。因て成るべく端折って記せば暫時の御辛抱を願うになん。

 凡そ形(フホーム)あれば茲に意(アイデア)あり。意は形に依って見われ形は意に依って存す。物の生存の上よりいわば、意あっての形形あっての意なれば、孰いずれを重とし孰を軽ともしがたからん。されど其持前の上よりいわば意こそ大切なれ。意は内に在ればこそ外に形あらわれもするなれば、形なくとも尚在りなん。されど形は意なくして片時も存すべきものにあらず。
引用元:二葉亭四迷 小説総論 http://www.aozora.gr.jp/cards/000006/files/1868_22437.html