あやはとり「漢織」渡来人の絹織工 「漢氏」あやうじの「機織」はたおりから

033mnZfswB
大和朝廷に仕えた
渡来人の機織技術者
漢織
あやはとり(答)
32%

120hRwMtrForI
美しさが衣を通して輝いたこと
から命名された、『古事記』に
登場する絶世の美女は◯◯姫?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
そとおり(答)
そとおし(答)
「衣通姫」

「そとおし」でも正解になります。
「美しさが衣を通じて輝く」で「外に通る」
引用元:「衣通姫」そとおりひめ 「美しさが衣を通じて輝く」『古事記』 「更科姫」歌舞伎『紅葉狩』 「雲の絶間姫」『鳴神』 http://seethefun.net/%e8%8a%b8%e8%83%bd/11819/

漢織
あやはとり

「あやはたおり (漢機織) 」の略で,雄略朝の頃,中国の漢から渡来したという絹織工。『日本書紀』に「其ノ貢ズル所ノ漢織,呉織 (くれはとり) 及ビ衣縫 (きぬぬい) 兄媛等ヲ率ヰテ帰ル」とある。
引用元:漢織(あやはとり)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%BC%A2%E7%B9%94-27621

呉織・漢織(クレハトリ・アヤハトリ)

池田には応神天皇のころ、大陸から呉織・漢織の2人の織り姫がこの地に渡り、織物や染色の技術を伝えたという伝説が残っています。
この伝承は、一般には、『日本書紀』応神(おうじん)天皇37年条に、阿知使主(あちのおみ)・都加使主(つかのおみ)を呉に遣わして縫工女(きぬぬいめ)を求め、呉の王から呉織・漢織らを与えられたという記述を題材にしたものだと考えられています。
※ 『日本書紀』 「巻第十 誉田天皇(ほむたのすめらみこと)応神天皇」「巻第十四 大泊瀬幼武天皇(おおはつせのわかたけのすめらみこと)雄略(ゆうりゃく)天皇」に、この縫工女招致に関する伝承が収められています。 『国史大辞典 4 き‐く』によると、「ただし、応神紀・雄略紀のこれらの織工女の記事は、同じ内容のものを分けて記したか、あるいは前者は後者の記事の混入ではないか、といわれる。」とあります。
※呉織は呉服、漢織は穴織とも書きます。「はとり」は機織の意です。(『国史大辞典 4 き‐く』p952 くれはとり・あやはとり)(『日本歴史大辞典 1 あ‐う』)
引用元:呉織・漢織(クレハトリ・アヤハトリ) | 池田市立図書館 http://lib-ikedacity.jp/kyodo/kyodo_bunken/kurehatori_ayahatori/index.html

あやうじ【漢氏】

古代の有力渡来氏族。応神朝に来朝した阿知使主(あちのおみ)の子孫で,後漢の霊帝の子孫と称する東漢直(やまとのあやのあたえ)と後漢の献帝の子孫と称する西漢直(かわちのあやのあたえ)とがあった。綾織りをはじめ,高度の諸技術をもって大和朝廷に仕えた。初め直(あたえ)姓,のちに連(むらじ)姓・忌寸(いみき)姓を賜り,六~七世紀には政治・軍事面でも活躍した。坂上田村麻呂らはこの一族である。あや。
引用元:漢氏(あやうじ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%BC%A2%E6%B0%8F-27598

漢 [意味]
川名。漢水。陝西センセイ省西部に源を発し、東流して漢口で長江に注ぐ。東漢水。 天の川。 王朝名。(イ)劉邦リュウホウ(漢の高祖)が、秦シンを滅ぼしてたてた。のち、これをという。(二二一〜二六三) 外国人の中国に対する呼び名。 民族の名。中国人を構成する主な民族。中国領土内の人口の九五パーセントを占める。 もと、遊牧民の匈奴キョウドが、漢の兵士をさしていったことば。唐代以後の中国人が、中国または、中国人を呼ぶときの自称。 男。男に対する呼び名。 から。あや。中国のこと。

部首
水(したみず,みず) 氵(さんずい) < 同じ部首を検索 画数 13 (その他の13画の漢字) 音読み カン < 同じ読みを検索 訓読み から < 同じ読みを検索 他の読み あや かみ から くに なら < 同じ読みを検索 引用元:漢(カン,から,あや,かみ,から,くに,なら)の意味や読み,漢を含む男の子/女の子の名前 (5件) | みんなの名前辞典 – ここの姓名判断/名前占いはよく当たる! 素敵な名前を探そう https://mnamae.jp/c/6f22.html