「ドルメン」支石墓 卓石「メンヒル」立石

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世界中に分布する
この新石器時代の巨石記念物は?
テトンミメ
ヘルスード
ドルメン(答)


新石器時代に造られた巨石記念物でケルト語で「卓石」という意味のものはドルメンですが、

ケルト語で「長い石」という意味のものは?
メンヒル(答)

ドルメン
どるめん
dolmen
巨石記念物の一種。ケルト語でdolは机、menは石を意味し、大きな天井石と、それを支える数個の石からなる。支石墓と訳されているように、そのほとんどが墓と考えられている。新石器時代から鉄器時代にかけて世界的に分布しており、形態もさまざまである。朝鮮では、3、4個の大石の上に1個の大きな天井石をのせる卓子式支石墓や、支石が小さく墓室を構成しない基盤形支石墓などが知られている。またヨーロッパの羨道(せんどう)墳や通廊墳、日本の横穴式石室をドルメンとする考え方もある。イギリスの考古学者ダニエルは、ドルメンということばが、原形が何かわからない崩壊の著しい巨石建造物に使われる場合、モンテリウスの分類した「1枚の天井石が2個以上の側石によって支えられる単純石室」(デス)を意味する場合、またすべての巨石建造物をドルメンとよぶ場合など、実に多様に用いられており、学術的用語としてはこれを用いるべきでないと提唱している。アジアでは、朝鮮のほか中国東北部やインド、ベトナムなどで調査が進み、南米のサン・アグステンなどもよく知られている。[寺島孝一]
引用元:ドルメン(ドルメン)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%B3-106756

支石墓(しせきぼ)は、ドルメンともいい、新石器時代から初期金属器時代にかけて、世界各地で見られる巨石墓の一種である。基礎となる支石を数個、埋葬地を囲うように並べ、その上に巨大な天井石を載せる形態をとる。
引用元:支石墓 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E7%9F%B3%E5%A2%93

メンヒル(menhir)は、ヨーロッパ先史時代に立てられた、単一で直立した巨石記念物(モノリスまたはメガリス)。
「メンヒル」という単語は、フランス語経由で19世紀の考古学者に採用されたもので、ブルトン語の「長い石」を意味する単語に基づいている(現代のウェールズ語では「長い石」は「maen hir」)。現代のブルトン語では、「peulvan」と呼ばれる。
>メンヒルがどのような文化的意味のもとに立てられたのかは、実際的には解明されていない。メンヒルを立てた人々の言語も分かっていない。近年までメンヒルはビーカー人(en:Beaker culture)と結び付けられていた。紀元前3000年代後期の後期新石器時代や初期青銅器時代にヨーロッパに定住した人々である。しかし、ブルターニュのメガリスの時代に関する近年の調査では、起源はもっと古く、6000年から7000年前に遡る仮説が示されている。最近ではビーカー文化以前の、ヨーロッパに農耕・巨石文化をもたらしたハプログループR1b (Y染色体)に属す集団がその担い手と考えられている。
引用元:メンヒル – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%92%E3%83%AB

メンヒル
めんひる
menhir

巨石記念物のうち、加工をほとんど加えない石を単独に立てたものの呼称。ウェールズ語でマインmaen(石)とヒルhir(長い)を意味し、立石(りっせき)と訳されている。フランス、ブルターニュ地方のロクマリアケルLocmariaquerにあるメンヒルは、倒壊して折れているが、本来長さが20メートル以上もあった巨大なものである。立石が並んだものはアリニュマン(列石)とよばれ、フランス、カルナックのものが著名である。巨石記念物で年代を確定できるものは少ないが、新石器時代から初期金属器時代に多くが建造されたと考えられている。墓の真上に置かれた墓標と解釈できるものもあるが、記念碑的性格のものが多いといわれている。[寺島孝一]
引用元:メンヒル(メンヒル)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%92%E3%83%AB-142007