「ぼんやりとした不安」芥川龍之介 ポール・エリュアールの詩 サガン『悲しみよこんにちは』の題元

230JQCMHEX
作家の言葉
小説『或る旧友へ送る手記』
芥川龍之介
自殺の際の遺書
「生れて、すみません」
「ぼんやりとした不安」(答)
「則天去私」
「人生は人箱のマッチ箱に似ている」

CIMG7131OFlgRYw29SRu
作家の言葉
ヴェルレーヌの詩集にある一節
太宰治が引用
格闘家・前田日明がさらに引用
「生まれ出ずる悩み」 有島武郎の小説の題名
「ぼんやりとした不安」 芥川龍之介「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」
「選ばれし者の恍惚と不安」(答)
「生きよ、堕ちよ」 坂口安吾「堕落論」の一節230JQCMHEX

135NDRYsOi
フランソワーズ・サガンの小説
『悲しみよこんにちは』の題名の
元になった詩『直接の生命』の
作者である詩人は?
ポール・エリュアール(答)
シャルル・ボードレール 『悪の華』
アンドレ・ブルトン 『シュルレアリスム宣言』
アルチュール・ランボー

EzWZlRB
セシルはもうすぐ18歳。プレイボーイ肌の父レイモン、その恋人エルザと、南仏の海辺の別荘でヴァカンスを過ごすことになる。そこで大学生のシリルとの恋も芽生えるが、父のもうひとりのガールフレンドであるアンヌが合流。父が彼女との再婚に走りはじめたことを察知したセシルは、葛藤の末にある計画を思い立つ……。20世紀仏文学界が生んだ少女小説の聖典、半世紀を経て新訳成る。
引用元:フランソワーズ・サガン 河野万里子『悲しみよ こんにちは』|新潮社 http://www.shinchosha.co.jp/book/211828/

CIMG3734
次のうち
フランソワーズ・サガンの
小説のタイトルにあるのは?
『ショパンはお好き』
『チャイコフスキーはお好き』
『バッハはお好き』
『ブラームスはお好き』(答)

美貌の夫と安楽な生活を捨て、人生に何かを求めようとした三十九歳のポール。孤独から逃れようとする男女の複雑な心模様を描く。
引用元:フランソワーズ・サガン 朝吹登水子『ブラームスはお好き』|新潮社 http://www.shinchosha.co.jp/book/211804/

芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892年(明治25年)3月1日 – 1927年(昭和2年)7月24日)は、日本の小説家。本名同じ、号は澄江堂主人、俳号は我鬼。
その作品の多くは短編である。また、「芋粥」「藪の中」「地獄変」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』といった古典から題材をとったものが多い。「蜘蛛の糸」「杜子春」といった児童向けの作品も書いている。
>1927年(昭和2年)7月24日、田端の自室で雨の降りしきる中、芥川龍之介は服毒自殺を行い、社会に衝撃を与えた。使用した薬品については、ベロナールとジェノアルとする説が一般的である。死の数日前に芥川を訪ねた、同じ漱石門下で親友の内田百閒によれば、芥川はその時点でもう大量の睡眠薬でべろべろになっており、起きたと思ったらまた眠っているという状態だったという。既に自殺を決意し、体を睡眠薬に徐々に慣らしていたのだろうと推測される。一方で、自殺の直前には身辺の者に自殺を仄めかす言動を多く残しており、実際には早期に発見されることを望んだ狂言自殺で、たまたま発見が遅れたために死亡したとする説がある。また、死後に見つかり、久米正雄に宛てたとされる遺書「或旧友へ送る手記[12]」の中では自殺の手段や場所について具体的に書かれ、「僕はこの二年ばかりの間は死ぬことばかり考へつづけた。(中略)…僕は内心自殺することに定め、あらゆる機会を利用してこの薬品( バルビツール酸系ヴェロナール (Veronal)及びジャール)を手に入れようとした」とあることから、記述を信頼すれば計画的に自殺を企てていた節も窺える。
引用元:芥川龍之介 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A5%E5%B7%9D%E9%BE%8D%E4%B9%8B%E4%BB%8B

エリュアール【Paul Éluard】

1895‐1952
フランスの詩人。本名ウージェーヌ・グランデル。少年時代をサナトリウムで過ごし,厭戦気分の漂う抒情詩集《義務と不安》(1917)を発表した後,ブルトン,アラゴン,スーポーの主宰する《文学》誌に加わり,ダダ運動を経てシュルレアリスム運動の創立者の一人となった。この時期に語法とイメージは大胆に刷新されたが,持ちまえの平易明快な作風は終生変わらなかった。シュルレアリスム詩の傑作といわれる《苦悩の首都》(1926),《愛・詩》(1929),《直接の生》(1932)のほかに,ブルトンとの共著《処女懐胎》(1930)のような実験的作品もある。
引用元:エリュアール(エリュアール)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AB-37636

悲しみよ こんにちは A peine defiguree

ポール・エリュアールの詩「悲しみよ こんにちは」A peine defiguree(壺齋散人訳)
引用元:悲しみよ こんにちは A peine defiguree:ポール・エリュアール http://poesie.hix05.com/Eluard/eluard11.bonjour.html

シャルル=ピエール・ボードレール(フランス語: Charles-Pierre Baudelaire(発音例)、1821年4月9日 – 1867年8月31日)は、フランスの詩人、評論家である。
>生前発表した唯一の詩集『悪の華』が摘発され、そのうちの6編が公序良俗に反するとして罰金刑を受ける。後に第2版を増補版として出版し、詩人としての地位を確立した。その卑猥的、耽美的、背教的な内容は、後の世代に絶大な影響を与えることとなる。特に現実と理想の溝から生じる、作品に溢れる絶望感とアンニュイは、一種の退廃的な時代の病を表徴している。
引用元:シャルル・ボードレール – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%AB

アンドレ・ブルトン(André Breton, 1896年2月19日 – 1966年9月28日)は、フランスの詩人、文学者、シュルレアリスト。ちなみに、誕生日については、ブルトン自身しばしば2月18日とも公言しているが、それは「詩的」な意味でのことで、書類などでも2月19日生まれとはっきり記されている。
>第一次世界大戦頃、当時フランスではあまり知られていなかったフロイトの心理学に触れ、終戦後ルイ・アラゴン、フィリップ・スーポーらとともに、ダダに参加するも、1920年代に入って、トリスタン・ツァラと対立し、ダダと決別。以後、アラゴンやスーポー、またロベール・デスノス(Robert Desnos)らとともに新たな芸術運動を展開、眠りながらの口述などの実験を試み、1924年、「シュルレアリスム宣言」の起草によって、シュルレアリスムを創始した。
引用元:アンドレ・ブルトン – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3

ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボー(フランス語: Jean Nicolas Arthur Rimbaud, 1854年10月20日 – 1891年11月10日)は19世紀のフランスの詩人、貿易商人。象徴主義の代表的な詩人である。ランボオとも表記される。主な作品に散文詩集『地獄の季節』『イリュミナシオン』など。
引用元:アルチュール・ランボー – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%BC

ヴェルレーヌの『叡智』の一遍ですね。
原文は下記のようになっています。
J’ai l’extase et j’ai la terreur d’être choisi.
まず、J’aiというものが英語でいう「I have」に該当するわけで、「私は、~をもっている。」
l’extaseがエクスタシー、つまり「恍惚」。
et が and。
la terreurが恐怖、「不安」のことですね。
ここまで直訳すると「私は恍惚と不安を持っている。」
どんな不安と恍惚かというと、d’être choisi。choisir(選ぶ)という動詞の受動態で書かれているので、
「選ばれる」恍惚と不安です。
全文で訳すと「選ばれる不安と恍惚が私にある。」
ですので、この一文はほぼ訳通りといってよいと思います。

では誰に選ばれるのかといいますと、
ヴェルレーヌが『叡智』を書いた時期というのは、アルチュール・ランボーとの決別後(確か銃で撃った)、牢獄で過ごした時期になっています。彼はこの期間、獄中でカトリックに改宗し、過去の過ちを悔い、信仰に生きる姿勢を持ちだしました。
つまり、「選ばれる」とは「神に選ばれる」と考えて頂ければよろしいかと思います。
獄中で聖書を読み、天啓に導びかれたのでしょうね。
しかし、実際は理想になりきれず、怠惰に過ごしたことも『叡智』には書かれています。
太宰もこの境遇に共感する部分があったのではないかと私は思います。

ただ、ヴェルレーヌを専門に研究しているわけではないので、
間違いがあればご了承願います。
引用元:太宰治の小説「葉」にあるエピグラフ「撰ばれてあ… – 文学、古典 | Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1127351601