イタリア「アメリゴ・ベスプッチ」「ジョン・カボット」 イギリス「フランシス・ドレーク」 フランス「ブーゲンビル」

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15世紀末に息子らと共に航海し
ニューファンドランドなどを
発見した、イタリア出身の
探検家はジョン・◯◯◯◯?
ブメボル
アブリゴ
バボラト
カボット(答)
「ジョン・カボット」

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次の大航海時代に
活躍した人物を出身国ごとに
グループ分けしなさい

イタリアイギリスフランス
アメリゴ・ヴェスプッチ
ブーゲンビル
フランシス・ドレーク
ジョン・カボット
コロンブス

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南アメリカ大陸のホーン岬と
南極大陸の間にある海峡は
マゼラン海峡である
×(答)
◯ドレーク海峡
引用元:「ブルンスウィック」半島 南アメリカ大陸チリ南端の島 「ドレーク海峡」南アメリカ大陸と南極大陸間 「マゼラン海峡」南アメリカ大陸とフエゴ島間 | わかればいいのに I wish I knew http://seethefun.net/%e7%a4%be%e4%bc%9a/15971/?preview_id=15971&preview_nonce=c09211a684&preview=true

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ブラジル原産
オシロイバナ科
イカダカズラ
フランスの航海者から命名
ハイビスカス
セントポーリア
ブーゲンビリア(答)
ガーベラ
引用元:ポルトガル人の航海者「ディアス」「バスコ・ダ・ガマ」「マゼラン」「カブラル」 「サンルカル」デ・バラメダ港からマゼラン出港 「ブーゲンビリア」ブラジル原産オシロイバナ科 探検家ブーゲンヴィルから | わかればいいのに I wish I knew http://seethefun.net/%e6%96%87%e7%b3%bb%e5%ad%a6%e5%95%8f/17973/?preview_id=17973&preview_nonce=e93983007d&preview=true

ベスプッチ

イタリアの航海者。1499年から1504年までに4度新大陸に航海し,1499年には南米ベネズエラ付近に達した。新大陸アメリカの名称はドイツの地理学者ワルトゼーミュラーの提唱によりベスプッチのラテン名Americusに基づく。
引用元:ベスプッチ(ベスプッチ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%83%E3%83%81-129406#E7.99.BE.E7.A7.91.E4.BA.8B.E5.85.B8.E3.83.9E.E3.82.A4.E3.83.9A.E3.83.87.E3.82.A3.E3.82.A2

ブーゲンビル【Louis Antoine de Bougainville】

1729‐1811
フランスの航海者,数学者,軍人。ブーガンビルとも記す。パリに生まれ,20代前半で数学者として名声を博し,ローヤル・ソサエティ(ロンドン王立協会)の会員となった。1756年にカナダへ行き,副官としてイギリスとの戦争に加わった。戦後は自費で南大西洋のフォークランド諸島に入植地を建設したが,67年にスペインに譲り渡すことになり,この代償としてフランス初の太平洋探検隊の隊長のポストを得た。1766‐69年ブドゥーズ号でフランス人としては初の世界一周を果たした彼は,ソロモン諸島北西端の島とその南側の海峡にその名をとどめている。
引用元:ブーゲンビル(ブーゲンビル)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%AB-124250

ドレーク【Francis Drake】

1543?‐96
イギリスの航海者,副提督。西部の港町プリマスの近傍に生まれる。1549年カトリック教徒の反乱にあい,プロテスタントの一家はケントに逃亡,船大工の町ジリンガムで赤貧のなかに成長した。60年代の初め,故郷プリマスに舞い戻り,縁者ホーキンズ家の徒弟として働く。67‐68年ジョン・ホーキンズの第3回奴隷貿易に参加,メキシコ東岸サン・フアン・デ・ウルアでスペイン艦隊の猛攻にあう。以来,復讐の鬼と化し,72‐73年にはパナマ地峡を攻撃,77‐80年には索敵と新航路探検を兼ねてイギリス人として初めて世界周航に成功,騎士位を受ける。
引用元:ドレーク(ドレーク)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%AF-106798

ジョン・カボット(英: John Cabot、伊: Giovanni Caboto、1450年頃 – 1498年)は中世の航海者。カトリック教徒。北アメリカ大陸の発見者として知られる。イタリア語読みではジョヴァンニ・カボート、英語読みではジョン・カボットとなる。
コロンブスと同じジェノヴァに生まれ、前半生はヴェネツィアで活動し、1484年にイギリスへ移住した。1496年に国王ヘンリー7世の特許状を受けて、ブリストルを出航したものの失敗。翌年、息子のセバスチャン・カボットを伴って再び船団を率い、ヴァイキングの航路を辿ってカナダ東南岸のケープ・ブレトン島に到達し、ニューファンドランド島やラブラドル半島を発見するなどの成果を挙げて帰国した。
引用元:ジョン・カボット – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%9C%E3%83%83%E3%83%88