斎藤茂吉「死に近き母に添寝の しんしんと 遠田のかはづ 天に聞ゆる」「 我が母よ 死にたまひゆく我が母よ 我を生まし乳足(ちた)らひし母よ」

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斎藤茂吉の和歌にしなさい
死に近き母に添寝の
しんしんと
遠田のかはづ
天に聞こゆる

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「我が母よ死たまひゆく
我が母よ我を生まし
乳足らひし母よ」という
和歌の作者は?
伊藤左千夫
石川啄木
斎藤茂吉(答)
北原白秋


歌人斎藤茂吉を父にもつ芥川賞作家
北杜夫
きたもりお(答)


歌人・斎藤茂吉がその校歌を作詞した、東京都品川区に本部を置く私立大学は?
昭和大学(答)

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる
斎藤茂吉『赤光』
 老いた母は、まもなく最期の時を迎えようとしている。母のかすかな寝息を聞きながら、話者は、幼い日の母との思い出に浸っているのかもしれない。しんと静まりかえった部屋にただ聞こえてくるのは、無数に群がる遠田のかはづの鳴き声である。天に昇ろうとする母の魂と、天にまで響くかはづの声。生命力にあふれるその声に、話者は、消えゆこうとする母の命をいっそう哀れに思い、深い悲しみにくれていたことだろう。
 この短歌の魅力は、対比の見事さである。まもなく死を迎えようとする母の命と、天にまで届く声で鳴く力強いかはづの命との対比。たった一人の老母と田んぼで無数に群がるかはづとの対比。話者のすぐそばで静かに寝息をたてる母と、かはづの声にあふれる遠くの田んぼとの対比。これらの対比がつくりだすこの短歌の世界に迫ることが、本時のねらいとなる。
引用元:死に近きの授業 http://www.tcp-ip.or.jp/~syaraku/mokiti.htm

『赤光』(しゃっこう)は、大正2年(1913年)10月に東雲堂書店から刊行された斎藤茂吉の処女歌集。そのロマンチシズムあふれる清新な歌風によって歌壇・文壇に大きな影響を与え、一躍著者の名を高からしめた。茂吉のもっとも代表的な歌集とされ、明治38(1905)年~大正2(1913)年にかけての創作が収録されている。
>刊行当時茂吉は31歳であり、東大教室および巣鴨病院にて医師としてつとめていた。生母・いくと師・伊藤左千夫を相次いで喪った直後に出された。「悲報来」「おひろ」「死にたまふ母」といった著名な一連は同書に収められている。
現在は新潮文庫、岩波文庫などから単著として発行されている。
引用元:赤光 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%85%89

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる
我が母よ死にたまひゆく我が母よ我を生まし乳足らひし母よ
のど赤き玄鳥 ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり
現身のわが血脈 のやや細り墓地にしんしんと雪つもる見ゆ
墓はらを白足袋はきて行けるひと遠く小さくなりにけるかも
引用元:斎藤茂吉さんの歌で – BIGLOBEなんでも相談室 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa1027390.html