「酒屋へ三里豆腐屋へ二里」辺鄙な土地をたとえた狂歌 「頭光(つぶりひかる)」(岸文笑)

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田舎暮らしの様子をたとえた
江戸狂歌の中の言葉。「酒屋へ
三里、◯◯屋へ二里」?
1 銭湯の画像
2 豆腐の画像(答)
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「酒屋へ三里豆腐屋へ二里」

デジタル大辞泉の解説
酒屋(さかや)へ三里豆腐屋へ二里

日用品を買うにも遠くに行かねばならない辺鄙(へんぴ)な土地のたとえ。
引用元:酒屋へ三里豆腐屋へ二里(サカヤヘサンリトウフヤヘニリ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%85%92%E5%B1%8B%E3%81%B8%E4%B8%89%E9%87%8C%E8%B1%86%E8%85%90%E5%B1%8B%E3%81%B8%E4%BA%8C%E9%87%8C-509211

岸 文笑(きし ぶんしょう、宝暦4年(1754年) – 寛政8年4月12日(1796年5月18日))は、江戸時代の浮世絵師、狂歌師。
>「ほとゝぎす自由自在に聞く里は酒屋へ三里 豆腐屋へ二里」の句は、良く知られている。代表作として、天明7年(1787年)編著『狂歌才蔵集』、天明9年(1789年)刊行の『絵本譬喩節』(えほんたとえのふし)、寛政4年(1792年)刊行の『圃老巷説 菟道園』(ほろうこうせつ うじのその)(早稲田大学図書館所蔵)などが挙げられる。また、同じく寛政4年(1792年)に、『狂歌桑之弓』、『狂歌太郎殿犬百首』を編集している。
引用元:岸文笑 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E6%96%87%E7%AC%91

世界大百科事典 第2版の解説

つぶりひかる【頭光】

1754‐96(宝暦4‐寛政8)
江戸後期の狂歌師。通称は岸宇右衛門,別号は桑楊庵,2世巴人亭。画号は文笑。日本橋亀井町に住み町代を務めた。狂歌は四方赤良(よものあから)(大田南畝)門。四方連とも本町連とも記され,のち伯楽連の中心人物。天明狂歌四天王の一人。編著は《狂歌上段集》《晴天闘歌集》など。〈ほととぎす自由自在に聞く里は酒屋へ三里豆腐屋へ二里〉(《万代狂歌集》)。【森川 昭】
引用元:頭光(ズコウ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%A0%AD%E5%85%89-541506#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E7.89.88.20.E6.97.A5.E6.9C.AC.E4.BA.BA.E5.90.8D.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E5.85.B8.2BPlus