「奇貨居くべし」好機は活用するべき 呂不韋の逸話から

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好機を逃してはならないことを
『史記』にある呂不韋の逸話から
「◯◯居くべし」という?
◯を答えなさい
きか(答)
「奇貨居くべし」

デジタル大辞泉の解説
奇貨(きか)居(お)くべし【奇貨居くべし】

《秦の商人呂不韋(りょふい)が趙に人質になっていた秦の王子子楚(しそ)を助けて、あとでうまく利用しようとしたという「史記」呂不韋伝の故事から》珍しい品物は買っておけば、あとで大きな利益をあげる材料になるだろう。得がたい好機を逃さず利用しなければならない意にいう。
引用元:奇貨居くべし(キカオクベシ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%A5%87%E8%B2%A8%E5%B1%85%E3%81%8F%E3%81%B9%E3%81%97-472357

呂 不韋(りょ ふい、繁体字:呂不韋、簡体字:吕不韦、ピン音:Lǚ Bùwéi、ウェード式:Lü Pu-wei、? – 紀元前235年)は、中国戦国時代の秦の政治家。荘襄王を王位につける事に尽力し、秦で権勢を振るった。荘襄王により、文信侯(ぶんしんこう)に封じられた。始皇帝の本当の父親との説もある。
>呂不韋は衛の濮陽の人で、商人の子として生まれ、若い頃より各国を渡り歩き商売で富を築いた。
趙の人質となっていて、みすぼらしい身なりをした秦の公子・異人(後に子楚と改称する。秦の荘襄王のこと)をたまたま目にして、「此奇貨可居[1]」(これ奇貨なり。居くべし。「これは珍しい品物だ。これを買って置くべきだ。」)と言った。こうして陽翟に帰った呂不韋はこのことを自分の父と相談した。度重なる話し合いの結果、呂父子は将来のために異人に投資することで結論がまとまったという。
>紀元前252年、秦で高齢の昭襄王が在位55年で逝去し、その次男の孝文王が立つと子楚は秦に送り返され太子となったが、間もなく孝文王が50代で逝去したために太子の子楚が即位して荘襄王となった。呂不韋は丞相となり、文信侯と号して洛陽の10万戸を領地として授けられた。呂不韋の狙いは見事に当たり、秦の丞相として彼の権勢は並ぶものが無かった。
引用元:呂不韋 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%82%E4%B8%8D%E9%9F%8B

奇貨居くべし
春風篇
宮城谷昌光 著

秦の始皇帝の父ともいわれる呂不韋。一商人から宰相にまでのぼりつめた謎多き人物の波瀾に満ちた生涯を描く歴史大作。本巻では呂の少年時代を描く。
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引用元:奇貨居くべし|文庫|中央公論新社 http://www.chuko.co.jp/bunko/2002/02/203973.html