「ミトリダテス戦争」ポントス王ミトリダテスとローマ間の戦争

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紀元前1世紀に共和政ローマと
ポントス王国の間で
3度に渡り行われた戦争を
「◯◯◯◯◯◯戦争」という?
トテリミスダ
ミトリダテス(答)
「ミトリダテス戦争」
Mithridatic Wars

前1世紀の前半、小アジアのポントス王による反ローマの戦い。

前88年から前63年まで、前後3回にわたる、ローマと小アジアのポントス王ミトリダテスの戦争。ポントス王国とは小アジアの黒海南岸に前4世紀後半に成立した小王国。ミトリダテスはローマの東地中海支配に反発して挙兵、一旦はローマ将軍スラとも和睦した。その後再び反乱、最後は将軍ポンペイウスによって征討された。
 ポントス王ミトリダテスは正確にはミトリダテス6世(在位前120~前63年)。パルティアのミトラダテス1世、ミトラダテス2世とは別人であるので注意すること。
>反ローマの鬼、ミトリダテス
 モンテスキューはその『ローマ人盛衰原因論』(1732年)の第7章を「いかにしてミトリダテスはローマ人に抵抗することができたか」として1章を割き、“ローマ人が攻撃した王たちのうち、ミトリダテス(6世)だけが勇気をもって自らを守り、かつ彼らを危険に陥れた。”と述べている。<モンテスキュー『ローマ人盛衰原因論』 1989 岩波文庫 田中治男・栗田伸子訳 p.85>
ミトリダテス戦争

ミトリダテス[6世]【ミトリダテス】

小アジアのポントス王(在位前120年ころ―前63年)。ミトラダテスともいい,〈大王〉と通称される。小アジア全土を掌握,ローマの東地中海支配に挑戦し,前88年―前63年,3次のミトリダテス戦争を起こした。(前132ころ-前63)
ミトリダテス[6世](ミトリダテス)とは – コトバンク