「士族の反乱」「神風連の乱」太田黒伴雄・熊本県 「秋月の乱」宮崎車之助・福岡県 「萩の乱」前原一誠・山口県

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1876年に太田黒伴雄らが起こした
明治政府に対する反乱は
萩の乱である
×(答)
◯敬神党の乱

代表的な「士族の反乱」を整理しましょう

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1876年に士族の反乱である
「秋月の乱」が起こったのは
福岡県である
◯(答)
×熊本県


1876年に士族の反乱である「神風連の乱」が起こったのは熊本県である
◯(答)

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次の明治初期に起こった
「士族の反乱」と
その中心人物の
正しい組み合わせを選びなさい
秋月の乱───宮崎車之助
萩の乱───前原一誠
西南戦争───西郷隆盛

順番当て
明治初期に九州で起こった次の「士族の反乱」を早く起こった順に選びなさい
神風連の乱 熊本県
秋月の乱 福岡県
萩の乱 山口県
西南戦争 鹿児島県

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次の幕末の志士のうち
薩摩藩出身の人物を
全て選びなさい
×吉田松陰   長州
○小松帯刀
×勝海舟   江戸

○桐野利秋
○調所広郷
○有村次左衛門
○奈良原喜左衛門
○田中新兵衛
○大久保利通
○西郷隆盛
×岩崎弥太郎   土佐
×高杉晋作   長州
×安島帯刀   水戸

士族反乱(しぞくはんらん)は、日本の明治初期に旧武士階級であった士族が明治政府に対して起こした一連の反政府活動である。
>1874年に江藤が故郷の佐賀県で擁立されて反乱(佐賀の乱)し、1876年には熊本県で神風連の乱、呼応して福岡県で秋月藩士宮崎車之助を中心とする秋月の乱、10月には山口県で前原一誠らによる萩の乱など反乱が続き、それぞれ鎮圧された。
1877年には旧薩摩藩の士族が中心になり西郷隆盛を大将に擁立して、日本国内では最大規模の内戦となる西南戦争が勃発した。
引用元: 士族反乱 – Wikipedia.

百科事典マイペディアの解説
神風連の乱【しんぷうれんのらん】

敬神(けいしん)党の乱とも。明治初期の不平士族の反乱。かねて神風連(敬神党)に結集していた復古的攘夷主義の旧熊本士族170名余が,1876年太田黒伴雄(おおたぐろともお)(大野鉄兵)らに率いられ政府の開明政策,特に廃刀令に反対して蜂起(ほうき)した。
引用元: 神風連の乱(じんぷうれんのらん)とは – コトバンク.

政府は、1876年3月廃刀令を布告し、8月には金禄公債証書発行条例を定めて秩禄処分を強行した。この二つの措置は、士族に残されていた特権のすべてを奪い取るものであった。これを契機として76年10月には熊本神風連(しんぷうれん)が蜂起し、続いて秋月(10月)、萩(はぎ)(10月)の士族が反乱し、永岡久茂(ひさしげ)らが千葉県庁と鎮台を襲撃しようとした思案橋(しあんばし)事件(10月)が起こった。そして、77年1月にはついに西郷・桐野に率いられた鹿児島私学校党が蜂起し、熊本各地の士族や大分、宮崎、福岡の士族たちが呼応する西南戦争が戦われた。
引用元: 士族反乱(しぞくはんらん)とは – コトバンク.