「キプチャク・ハン国」首都サライ バトゥが建国 4ハン国の首都 アルマリク「チャガタイ・ハン」 エミール「オゴタイ・ハン」 サライ「キプチャク・ハン」 タブリーズ「イル・ハン」

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モンゴル帝国の一部
首都はサライ
モスクワ公国の独立後に崩壊
バトゥが建設
イル・ハン国
キプチャク・ハン国(答)
オゴタイ・ハン国
チャガタイ・ハン国

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モンゴル帝国の分裂後に
形成された「4ハン国」で
チャガタイ・ハン国の首都は
どこだった?
タブリーズ
アルマリク(答)
サライ
エミール

モンゴル帝国の分裂後に
形成された「4ハン国」で
チャガタイ・ハン国の首都は
アルマリクですが

オゴタイ・ハン国の首都はどこだった?
→エミール

キプチャク・ハン国の首都はどこだった?
→サライ

イル・ハン国の首都はどこだった?
→タブリーズ

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引用元: 岐阜県教育委員会 モンゴル帝国.

キプチャク・ハン国
キプチャク・ハンこく
Kipchak Khanate

欽察汗国とも記される。 13世紀中頃モンゴル人によって東ヨーロッパ,中央アジアに建設された国。金帳汗国 Golden Horde,ジュチ・ウルスとも呼ばれる。創建者はチンギス・ハンの孫バトゥ (抜都) で,首都は最初にサライ・バトゥ (現アストラハン付近) ,のちにサライ・ベルケ (現ボルゴグラード付近) 。
引用元:キプチャク・ハン国(キプチャク・ハンこく)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%AD%E3%83%97%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%B3%E5%9B%BD-51485

4ハン国
・チンギス=ハンの一族は、次第に各地に国家を建設し、ハイドゥの乱が40余年続いた結果、モンゴル帝国は分裂した。
■オゴタイ=ハン国(1225頃〜1310)
オゴタイがジュンガリア地方に建国(都:エミール)。第4代ハイドゥがキプチャク・チャガタイ両ハン国と同盟し、元に反乱。

■チャガタイ=ハン国(1227〜14世紀後半)
チャガタイがイル・シル川流域に建国(都:アルマリク)。14世紀にイスラーム化。その後分裂し、西チャガタイ=ハン国からティムールが出た。

■キプチャク=ハン国(1243〜1502)
バトゥが南ロシアに建国(都:サライ)。モンゴル国家の中で早くからイスラーム化し、14世紀に全盛期となる。モスクワ大公国が領土内から独立し、衰退した。

■イル=ハン国(1258〜1353)
フラグがイランに建国(都:タブリーズ)。元と友好関係を結び、キプチャク・チャガタイ両ハン国と対立した。第7代ガザン=ハンの時代にイスラーム教が国教となり、『集史』を著したラシード=ウッディーンを宰相に登用し、繁栄した。
引用元: モンゴル帝国の成立と4ハン国(チンギス、オゴタイ、フビライなど) 受験対策問題 31 / 世界史 by レキシントン |マナペディア|